北欧神話

フェンリルとは|ラグナロクの巨狼

フェンリルとは、北欧神話に登場する巨大な狼で、古ノルド語の fen に由来する名が示すとおり「沼に棲む者」と呼ばれる存在です。
ゲームやアニメで先に名前を知り、のちに『エッダ』の原典を開いて、その宿命の重さに驚いた人も多いでしょう。
ロキと女巨人アングルボザの間に生まれた三兄妹の長子として、世界蛇ヨルムンガンドや冥界の女神ヘルと並ぶこの狼は、神々がなぜ恐れ、封じようとしたのかを物語る中心にいます。
鉄鎖レージングとドローミを退けた末、地底の小人が鍛えた魔法の紐グレイプニルとテュールの右手の犠牲によってようやく縛られ、ラグナロクではオーディンを呑み込んだのちヴィーザルに討たれる――その流れを追うと、縛られた狼がいつか解き放たれる日まで神々が抱えた緊張感が見えてきます。

フェンリルとは何者か|「沼に棲む者」の名を持つ巨狼

名称要点原典上の位置づけ
フェンリル古ノルド語 fen に由来し、「沼に棲む者」を意味する神々に災いをもたらすと予言された巨狼
主な別名フェンリスウールヴ、フローズヴィトニル、ヴァナルガンド文脈や原典によって呼び分けられる
基本像アースガルズで育てられ、やがて封じられる宿命を負うラグナロクでオーディンを呑む存在

フェンリルとは、北欧神話に登場する巨大な狼で、古ノルド語の fen(沼・湿地)に由来する「沼に棲む者」を意味します。
名の時点で、ただの猛獣ではなく、辺境の湿地に潜む不吉さを背負った存在だと分かるのが面白いところです。
神々に災いをもたらすと予言されたため、幼いころからアースガルズで育てられながらも、最終的には封じられる運命へと進みます。

名前の意味と複数の呼び名

フェンリルの名は、まずそこに意味があります。
古ノルド語 fen が示すのは沼や湿地で、そこから「沼に棲む者」という像が立ち上がる。
創作で知ったあとに『エッダ』を読み返すと、この語義が単なる語源説明ではなく、姿の見えにくい場所から災厄がにじみ出るような不穏さを支えていると分かります。
筆者も、ここで初めてフェンリルという名の陰影が腑に落ちました。

別名もまた重要です。
フェンリスウールヴ(Fenrisúlfr)は「フェンリルの狼」、フローズヴィトニル(Hróðvitnir)は「名高き狼」、ヴァナルガンド(Vánagandr)は「ヴァン川の怪物」と訳され、単一のニックネームでは尽くせません。
とりわけヴァナルガンドは、後述する「フェンリルの涎が川ヴァンになる」という細部と響き合い、名と逸話が互いを補強しているのが分かります。
原典ではこうした呼称の揺れ自体が、神話の厚みを示しているのです。

原典での基本像

原典のフェンリルは、神々に災いをもたらすと予言された巨狼です。
父はロキ、母は女巨人アングルボザで、弟に世界を取り巻く大蛇ヨルムンガンド、妹に冥界の女神ヘルがいる三兄妹の長子でした。
この家族構成だけでも、北欧神話が「境界を破るもの」をひとつの系譜として描いていることが見えてきます。
フェンリルはアースガルズに置かれて育てられますが、急速に巨大化し、餌を与えに近づけたのは軍神テュールただ一人でした。

やがて神々は、レージング、続いて二倍強いドローミという頑丈な鉄鎖で縛ろうとしますが、いずれも破られます。
三度目に用いられたのが、地底の小人が鍛えた魔法の紐グレイプニルでした。
猫の足音・女のひげ・山の根・熊の腱・魚の息・鳥の唾という、この世に存在しない6つの素材から作られた細い紐で、島リュングヴィにおいてゲルギャ、巨岩ギョッル、大岩スヴィティで固定されます。
フェンリルは罠を疑い、口に手を入れることを求め、テュールが右手を差し入れた結果、その手は噛み切られました。
隻腕の軍神テュールという像は、ここから生まれています。

創作のフェンリル像との違い

ゲームやアニメでは、フェンリルが「最強の従魔」や「召喚獣」として描かれることがあります。
けれども原典のフェンリルは、主君に従う便利な獣ではなく、神々に災いをもたらすと予言され、封じられる宿命を負った狼です。
創作では力の象徴として消費されやすい存在ですが、神話ではむしろ、力があるからこそ恐れられ、拘束される側に置かれています。
この差を切り分けると、フェンリルの物語は単なるバトル向けの巨獣譚ではなくなります。

さらに原典の面白さは、封縛の先にラグナロクが見えている点にあります。
フェンリルは解き放たれたのち、上顎が天に、下顎が地に届くほどの巨口でオーディンを呑み込みます。
その巨大な口は、最初から最期の場面を伏線として抱えていたわけです。
しかも直後には、オーディンの息子ヴィーザルが厚く頑丈な靴で下顎を踏み、上顎をつかんで引き裂く。
フェンリルの息子とされるスコルとハティが太陽と月を追う話まで重ねると、原典のフェンリル像は、創作の“強さ”よりも、終末へ向かう不吉な構造そのものにこそ本質があると分かるでしょう。

ロキの長子という出自|ヨルムンガンド・ヘルとの三兄妹

ロキの長子フェンリルは、父ロキと女巨人アングルボザのあいだに生まれた三兄妹の一人であり、しかも最初に姿を現す存在でした。
神と巨人の血が交わった時点で、すでにアースガルズの秩序からはみ出す影が差している。
三兄妹は狼・蛇・冥界の女王という形でそれぞれ異なる領域に結びつき、後の災厄を先取りするように配置されています。

父ロキと母アングルボザ

フェンリルの父は悪戯の神ロキ、母は女巨人アングルボザ(Angrboða)です。
アングルボザの名は古ノルド語で「悲しみを告げる者」とされ、その響き自体が子らの運命を先に告げているように聞こえます。
神の側に属しながら、巨人の血を引くという組み合わせは、単なる家系の事実ではありません。
秩序を守る神々から見れば、最初から内部に潜む異物だったのでしょう。

筆者がロキの子供たちを系図として書き出してみると、この出自の不穏さはさらにはっきり見えてきました。
母アングルボザの名からして不吉であり、そこから生まれる三兄妹がそれぞれ別の方角で世界の終末に関わる配置は、偶然とは思えないほど見事です。
北欧神話は、誕生の瞬間にすでに結末の伏線を埋め込む。
その構造の冷たさに、読んでいて背筋がすっと冷えるのです。

弟ヨルムンガンド・妹ヘル

フェンリルは三兄妹の長子で、弟に世界を取り巻く大蛇ヨルムンガンド、妹に冥界の女神ヘルを持ちます。
狼、蛇、死者の女王という取り合わせは、いずれも人間の生活圏から外れたものばかりです。
地を走る獣、海をめぐる巨大な蛇、死者を統べる存在という三者の配置を見ると、ロキの血が「家族」という形を取りながら、別々の災厄へ枝分かれしていることがわかります。
ここはおすすめの整理ポイントです。

特に重要なのは、三兄妹が一つの系図の中に置かれながら、役割を共有せず、それぞれが単独で世界に食い込む点でしょう。
フェンリルは大地と戦場、ヨルムンガンドは海と環界、ヘルは冥界と死後の領域を背負う。
系図として並べるだけでも、三者が世界の外周を囲むように伸びていく感じが見えてきます。
別々の怪異ではなく、同じ家から分岐した終末の三相と見るほうが、原典の輪郭に近いはずです。

神々に災いをもたらすという予言

神々は、この三兄妹が将来災いをもたらすという予言を知っていました。
そのためヨルムンガンドは海へ投げ込まれ、世界を囲む大蛇となり、ヘルは冥界へ送られます。
早い段階で処置された二人に対し、フェンリルだけがアースガルズに手元で残された。
この差が、次の段階でなぜ彼だけが執拗に警戒されるのかを説明します。
予言は単なる噂ではなく、神々の行動を決める具体的な力だったのです。

三兄妹はいずれも、後のラグナロクで単独で世界の終末に関わる存在として再登場します。
ここにあるのは、出生譚と終末譚がきれいに対応する北欧神話の構造です。
生まれた時点で終わりの形まで決まっているかのような冷徹さがあり、それが『ギュルヴィたぶらかし』や詩のエッダに基づく伝承の手触りを際立たせています。
読者はこの段階で、フェンリルがなぜ恐れられたのか、その前提をすでに掴めるはずです。

テュールに育てられた狼|神々がアースガルズで養った理由

フェンリルは、予言された災厄を恐れた神々によって、あえてアースガルズに置かれた。
遠くへ追いやるのではなく、監視できる場所で育てれば被害を抑えられるという発想だったが、その判断はやがて、安心のための飼育が脅威の育成に変わる逆説を露わにしていく。
原典の短い記述を追うだけでも、この時点で神々の不安がすでに始まっていたことが伝わってきます。

神々がそばで育てた事情

フェンリルをアースガルズに置いたのは、ヨルムンガンドやヘルとは異なる扱いだったからです。
神々は災厄を遠ざけるより、手元で見張るほうがまだ安全だと考えたのでしょう。
筆者はこの判断を読むたび、危険物を「見張れる場所に置く」という現実的な危機管理に重ねてしまいます。
封じ込めるつもりの配置が、実際には相手の存在感を日々確認し続ける装置になっていくのです。

急速な成長と高まる脅威

しかし、フェンリルは日に日に急速に大きくなりました。
目の届く場所に置いたはずなのに、成長の速度そのものが神々の恐怖を増幅させ、近くにいることがかえって逃げ場のなさを際立たせます。
小さな狼を見守るつもりが、気づけば誰も手に負えない存在へ変わっていた。
この転倒が、後の封縛へ向かう空気を一気に濃くしていきます。

テュールとの特別な関係

巨大化したフェンリルに餌を与えに近づけたのは、軍神テュール(Týr)ただ一人でした。
周囲が距離を取るほど、彼だけが恐れずに接したという事実は、のちに右手を失う場面を知る読者には重く響きます。
筆者も初めてこの一行を追ったとき、短い文の裏にすでに悲劇の伏線が張られていることに唸りました。
神々が養うことをやめて「縛る」方針へ傾くまでには、育てた相手を欺く後ろめたさが積み重なっていたのでしょう。

3度の鎖による封縛|レージング・ドローミ・グレイプニル

失敗した鉄鎖レージングとドローミ

フェンリルを最初に縛ろうとしたのは、頑丈な鉄鎖レージング(Læðingr)だった。
神々は力比べなら押さえ込めると見たのだろうが、フェンリルは身を大きく伸ばし、最初の一蹴りで難なくこれを破った。
次に持ち出された二倍の強さを持つドローミ(Drómi)も、同じように引きちぎられる。
ここで見えるのは、筋力だけを積み増しても、この怪物には届かないという残酷な現実である。

この二度の失敗は、単なる敗北ではない。
神々の発想が、同じ土俵での対決に固執していたことを露わにする場面だ。
フェンリルは名声欲しさに受け入れたが、その受諾自体が罠になる。
相手が自分の強さを誇示したいという心理を突き、拘束の機会へ変えるからである。
筆者はこの連続する破断に、北欧神話が「力ではなく魔術と知恵が物を言う」世界観を置いていることを読み取った。

小人が鍛えた魔法の紐グレイプニル

二度の失敗を経て、神々は方針を変える。
地底の小人ドゥエルグ(ドワーフ)のもとへ使者を送り、魔法の紐グレイプニルを鍛えさせたのである。
これが決定的だったのは、外見が拘束具らしくなかった点にある。
絹のリボンのように細く滑らかで、太い鉄鎖とは逆の姿をしていながら、むしろそこにこそ異能の本質が宿っていた。
暴力をさらに重ねるのではなく、見た目からして別種の力へ切り替えたところに、この神話の妙がある。

グレイプニルは、単なる強度の問題を超えて「縛るとは何か」を書き換える道具として働く。
鉄鎖レージングやドローミが失敗したのに対し、ここでは鍛冶の技と魔術が合わさり、目に見える重さよりも逃げ場のなさが前面に出る。
原典を読んでいると、細い紐が巨大な狼を抑える逆説そのものが、物語の核として仕掛けられているのがわかる。
力任せでは届かない存在を、知恵と魔術が封じる。
神話の論理がはっきり立ち上がる場面だ。

島リュングヴィでの封縛と固定

封縛の舞台は、湖の中の島リュングヴィ(Lyngvi)だった。
ここで重要なのは、グレイプニルの端を鎖のゲルギャ(Gelgja)でつなぎ、巨岩ギョッル(Gjǫll)を貫いて地中深くに固定し、さらに大岩スヴィティ(Þviti)で押さえたことです。
つまり、ただ紐を巻いただけではなく、島や岩まで含めて何重にも連結し、逃走の余地を塞いだのである。
フェンリルほどの存在を相手にするには、拘束具そのものより、周囲の地形まで封じ込める必要があった。

ここで固有名が細かく与えられている点に、原典の即物的な具体性を感じる。
リュングヴィ、ギョッル、スヴィティと名を持つ要素が次々に並ぶことで、封縛の光景は抽象的な比喩ではなく、目の前にある配置として立ち上がる。
読んでいると、神話が単に「縛った」と要約されるのを拒み、どう固定したかを一つずつ示しているのがわかる。
そこにこそ、逃れられない運命の手触りがあるのではないだろうか。

グレイプニルの6つの素材|「あり得ないもの」で編まれた紐

グレイプニルは、最初の鉄鎖レージングをフェンリルが一蹴りで破り、二番目の鎖ドローミも二倍の強さをものともせず引きちぎったあとに登場する、地底の小人ドゥエルグが鍛えた三番目の束縛です。
見た目は絹のリボンのように頼りなく、それでも獣神の力を封じる点に、この神話の面白さが凝縮されています。
強さを厚みで示すのではなく、あり得ない素材を束ねることで勝つ。
北欧神話らしい逆説が、ここでははっきり立ち上がります。

6つの不可能な材料

グレイプニルを作るのに集められたのは、猫の足音、女のひげ、山の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾という6つです。
どれも現実にはつかめないものばかりで、しかも「この世に存在しないもの」を形にした材料だという点が肝心です。
筆者はこの6つを一つずつ確かめるたび、猫が足音を立てないのも、女にひげがないのも、山に根がないのも、あの紐に使われたからだという神話的な因果のユーモアに思わず唸りました。
目に見えないものまで物質として数え上げる想像力は、古代北欧の人々が世界をどこまで掘り下げて見ていたかを教えてくれます。

この発想の強みは、素材そのものが「作れない」からこそ、完成した紐も普通の道具では説明できなくなる点にあります。
猫の足音は捕えようとした瞬間に消え、女のひげは存在しないものとして扱われ、山の根や魚の息、鳥の唾も同じように手からこぼれ落ちるでしょう。
そうした無形の要素を、あえて「鍛える」対象にすることで、小人ドゥエルグの技は現実の素材工学を超えた魔術へ変わります。
グレイプニルの材料は、単なる珍品ではなく、世界の輪郭そのものを言い当てる装置なのです。

なぜ切れないのか

なぜ切れないのか。
その理屈は、存在しないものから作られているから、現実の力では断ち切れないという北欧神話らしい発想にあります。
レージングやドローミのように、太さや強度を足していく鎖は、最後にはフェンリルの一蹴りと引きちぎる力の前に敗れました。
ところがグレイプニルは、強さを「厚み」ではなく「不可視の組み合わせ」に置き換えたため、獣の筋力がそのまま通用しない。
物理を超える拘束とは、こういう理屈で成立するのです。

しかも原典では、この6素材を作るのに使い果たしたからこそ、今では猫が足音を立てず、女にひげがなく、山に根がないのだと語られます。
ここには、神話がただの物語ではなく、世界のあり方を説明する起源譚として働く姿が見えます。
なぜ猫は静かなのか、なぜ山は動かないのか、その問いに対して「グレイプニルの材料になったからだ」と返す。
荒唐無稽に見えて、世界の秩序を一つの筋でつなぎ直す説明力があるのです。
読んでいる側は笑いながら、同時にその論理の強さに引き込まれていくでしょう。

ラグナロクまで保つ束縛

グレイプニルは絹のリボンのように細く見えますが、決して切れず、ラグナロクが訪れるその日までフェンリルを縛り続けます。
ここで効いているのは、見かけの弱さと機能の強さが真逆になっている点です。
鉄のように硬く見える鎖ではなく、触れればほどけそうな紐が、終末まで獣を押さえ込む。
この反転があるからこそ、グレイプニルは北欧神話屈指の名場面として記憶されるのです。

フェンリルが力で破れなかったのは、単に腕力の問題ではありません。
三度目の束縛は、力比べを超えて世界の理そのものを持ち込んだからです。
小人が作った魔法の紐グレイプニルは、ラグナロクという終わりの時まで役目を果たし、巨大な力でさえ越えられない境界を示します。
おすすめの読みどころは、この細さを「弱さ」と見ず、むしろ神話が選んだ最も鋭い強さの形だと受け取ることです。
そうして眺めると、あの一見頼りない紐が、世界の終末にまで手を伸ばす重みを持って見えてくるのではないでしょうか。

テュールが捧げた右手|誓いの代償

フェンリルがグレイプニルを前にして抱いた疑いは、単なる警戒心ではありません。
神々の力が正面からでは敵わないと知っていたからこそ、狼は「誰かが自分の口の中に手を入れること」を条件に突きつけ、約束を取り付けるだけの知恵を見せました。
力で押さえ込まれる側ではなく、取引の条件を自ら設定する側に立っている点が、この場面の緊張を際立たせます。

罠を見抜いたフェンリルの要求

グレイプニルは細い紐のように見えるのに、地中の根や山の響きまで鎖に変える不気味な拘束具です。
だからこそフェンリルは、ただ縄を巻かれるだけでは終わらないと見抜きました。
口に手を入れさせるという要求は、狼が無防備に見えて実は交渉の主導権を握っていたことを示します。
ここに、北欧神話がしばしば描く「弱者の側にも読みがある」という冷徹さがあるのです。

この要求を読むたび、筆者は神々の側が最初から一枚上手だったのではなく、むしろフェンリルの警戒があったからこそ、裏切りの形がここまで鮮明になったのだと感じます。
封じる側と封じられる側の力関係だけでなく、信頼をどう利用するかまで含めて設計された場面だからです。

右手を差し入れたテュール

他の神々が尻込みする中で前に出たのが、軍神テュールでした。
しかも差し出したのは右手です。
フェンリルに餌を与え続けてきたのがテュールだけだったことを思うと、この選択は単なる勇気では片づきません。
口に手を入れるという担保は、狼にとって過去の信頼を信じる最後の拠り所でもあり、その信頼を逆手に取る構図があまりにも残酷です。

ここで原典の構成の周到さに唸らされます。
テュールは『正義』『誓い』を司る神として理解されるのに、その誓いの担保として自らの手を差し出すのですから、役割と結果が見事に噛み合っている。
正しさを守るために何を失うのか、その問いが神話の内部で先に形になっているわけです。
筆者はこの反転を読むたび、大義のために信義が犠牲になる苦さを強く覚えます。

隻腕の軍神となった代償

フェンリルがもがいても抜けないと悟った瞬間、もはや約束は欺きへと変わりました。
狼は神々の意図を悟り、テュールの右手を噛み切ります。
誓いと裏切りが同時に成立するこの一瞬こそ、北欧神話における「正義の代償」を最も鋭く示す場面でしょう。
守るべき秩序は、清潔なままでは成立しないのです。

この一件以後、テュールは右手を失った隻腕の軍神として語られます。
フェンリルの封縛は、神々が一柱の犠牲を払って初めて成し得たものであり、その代償が永く身体の欠損として残った点に、この神話の重さがあります。
勝利の記憶ではなく、失ったものの形で秩序が刻まれる。
そこにこそ、原典が持つ厳しさがあります。

ラグナロクでの最期|オーディンを呑み、ヴィーザルに討たれる

ラグナロクが訪れると、グレイプニルの束縛はついに破れ、フェンリルは封じられていた結末へ向かって解き放たれます。
最初から終幕までが張り込まれていた巨狼の運命は、ここで一気に作動するのです。
口を開けば天地に届くという誇張ではなく、神々の秩序そのものを飲み込み返す存在として、物語はフェンリルを戦場へ送り出します。

解放とオーディンとの対決

ラグナロクで束縛を破ったフェンリルは、上顎を天に、下顎を地に届かせるほどの巨口を開き、まっすぐオーディンへ向かいます。
ここで重要なのは、単なる怪物の暴走ではなく、かつて縛られた瞬間に予約されていた破局が現実になる点でしょう。
『時限装置』のように仕掛けられた運命が、最後の戦場で作動する構図になっているのです。
筆者も、冒頭で語られた「口を開けば天地に届く」という描写が、そのままオーディン捕食の場面で機能する原典の構成美に、読み返して改めて感嘆しました。

フェンリルはオーディンを呑み込み、最高神を死へ引きずり込みます。
ここでは、狼の口の巨大さが単なる視覚的な迫力にとどまらず、神々でさえ逃れられない終末の力として回収されるのが見どころです。
前段で示された異様な口腔のイメージが、結末では「吞む」「殺す」という具体的な行為へ結びつき、神話全体の緊張が一気に収束します。
読者はそこで、フェンリルが最初からオーディンを倒すために物語へ織り込まれていたことを理解するはずです。

ヴィーザルの復讐

父オーディンを失った後、その息子ヴィーザルが前に出ます。
ヴィーザルは特別に厚く頑丈な靴で下顎を踏みつけ、両手で上顎をつかんで口を上下に引き裂き、巨狼を討ちます。
ここでの勝利は力比べの派手さ以上に、復讐が次代へ引き継がれる構図を示している点が印象的です。
オーディンが呑み込まれた直後に、その血筋が応戦することで、神々の物語は断絶ではなく継承として終末を越えていきます。

ヴィーザルの靴には、靴職人がつま先やかかとから切り落とす革の端切れを、世界の始まりから集めて作られたという起源譚が添えられます。
細かな素材の寄せ集めで作られた靴が、終末の獣を押さえ込むための唯一の武具になるのは象徴的です。
弱いもの、捨てられるもの、余りものの積み重ねが、最後には破局を食い止める力になる。
フェンリルの最期がラグナロク後の新世界へ続く転換点であることも、ここで静かに示されます。
おすすめです、こうした細部を意識して読むと神話の骨格が見えやすくなります。

息子スコルとハティ

フェンリルの系譜は、ラグナロクの場面だけで閉じません。
息子スコルとハティが太陽と月を追い続け、やがてラグナロクでついにそれらを呑み込むという別エピソードを知ると、狼の一族が天体まで脅かす存在として体系化されていることに驚かされます。
親がオーディンを呑み、子が太陽と月を追う。
こうして見ると、フェンリルは単独の怪物ではなく、世界の秩序を食い破る一族の中心として配置されているのです。

この連続性があるからこそ、フェンリルの解放は個別の事件ではなく、宇宙規模の崩壊の始まりとして読めます。
地上の神々だけでなく、天空の光まで狼の射程に入ると分かったとき、北欧神話の終末像は一気に立体感を増すでしょう。
スコルとハティの話をあわせて読むと、ラグナロクとは「誰が誰を倒すか」だけでなく、「天と地の秩序がどのように食われ尽くすか」を描く物語だと見えてきます。
おすすめなので、あわせて確認してみてください。

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柊 瑛太

西洋古典学を専攻し、ギリシャ・北欧・ケルト神話の原典講読を続ける神話研究家。比較神話学の視点で神話間の共通構造を分析する記事を得意とします。

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