ポセイドンとは|海の神の力と神話
ポセイドンは、ギリシャ神話のオリュンポス十二神の一柱で、ゼウスに次ぐ力を持つ海神です。
だが海だけを司る神と見ると、その姿はまだ半分しか見えていません。
海に加えて地震、洪水、干ばつ、そして馬まで結びつくこの神を、ヘシオドス『神統記』とホメロス両叙事詩を手がかりにたどると、古代ギリシャ人が大地と海と生き物の力を地続きに捉えていた世界観が浮かび上がります。
ポセイドンはクロノスとレアの子で、ハデスの兄、ゼウスの弟にあたります。
ティタノマキアの後、三兄弟がくじ引きで天空・海・冥界を分け合い、ポセイドンが海を得たという世界三分割は、この神を理解する出発点です。
スニオン岬のポセイドン神殿で白い列柱越しにエーゲ海を見たときも、断崖に神殿が建つ理由はこの配分の感覚にあるのだと実感しました。
象徴の三叉槍トリアイナは、キュクロプスが鍛えた武器で、大地を突けば地震や泉を生むとされます。
海の神がなぜ地震を起こすのかという疑問は、ここでほどけますし、砕ける波を馬の群れに見立てた古代人の感覚まで見えてきます。
さらにアテネの守護神争いやオデュッセウスへの報復譚を追うと、執念深く怒りやすい性格が、荒れる海そのもののイメージと重なっているのがわかるでしょう。
ポセイドンとは|海・地震・馬を司るオリュンポスの神
ポセイドンはギリシャ神話のオリュンポス十二神の一柱で、最高神ゼウスに次ぐ第2位の力を持つとされます。
海を中心に、地震・洪水・干ばつ・馬まで司るため、単なる海神ではなく、荒ぶる自然そのものを人格化した神として理解すると輪郭がつかみやすいでしょう。
ホメロス『イリアス』で海底の宮殿から戦車で海面を駆ける姿を読むと、その想像力がいかに生々しく海の力を捉えていたかがわかります。
海だけでなく地震と馬も司る神
ポセイドンの支配領域は海だけではありません。
海・地震・洪水・干ばつ・馬という五つにおよび、古代ギリシャ人はその広がりを、天候や大地の揺れ、海辺の生活まで含めた総合的な自然神として受け止めていました。
家系ではティタン神族の王クロノスと女神レアの子で、ゼウスの弟、ハデスの兄にあたります。
クロノスに呑み込まれたのち、ゼウスの策で解放され、10年に及ぶティタノマキアを戦い抜いた後、三兄弟はくじ引きで世界を分け合い、ポセイドンが海を得た、という筋立てです。
ここに、海そのものが神の領分として切り分けられた背景があります。
海と地震が結びつくのは、古代ギリシャ人が地震を大地を取り巻く海の振動として捉えたからです。
その発想が「大地を揺るがす者(エンノシガイオス)」という異名を支えました。
馬との結びつきも印象的で、波が砕ける様子を疾走する馬の群れに見立てた感覚から、ポセイドンは「馬の創造者・調教者」ともされます。
海の荒れ、地面の震え、蹄の響きが一本につながる神格だと見ると、表面的な多義性がむしろ自然に見えてきます。
象徴は三叉槍トリアイナ・馬・イルカ・牡牛
ポセイドンの象徴としてまず挙げたいのが三叉槍トリアイナです。
ティタノマキアの際にキュクロプスが鍛えて贈った武器で、大地を突けば地震や泉を生むとされました。
漁具の三つ又の銛に由来するという説もあり、海を治める武器がそのまま海民の生活道具と重なっているのが面白いところです。
博物館で見た古代ギリシャの壺絵でも、ポセイドンはゼウスやハデスと酷似した壮年の髒面で描き分けられ、三叉槍を持つかどうかでしか判別しにくい場合がありました。
造形上の差より、持ち物が神の属性を示すのです。
美術では、たくましい体躯に黒髒をたたえ、イルカや海馬(ヒッポカンポス)の引く戦車に乗る姿が定番になりました。
聖獣は牡牛・馬・イルカで、いずれも力強さ、波の運動、海の豊穣を思わせます。
正妻はネレイデスの一柱アンフィトリテで、その子トリトンは半人半魚の海神です。
さらにメドゥーサとの間に天馬ペガサス、英雄テセウスや一つ目巨人ポリュフェモスもポセイドンの子とされ、系譜は文献によって揺れますが、それだけ各地の伝承に深く根づいていた証拠とも読めます。
ローマ神話ネプチューンとの同一視
ポセイドンは、ローマ神話のネプチューン(Neptune)と紀元前400年頃に公式に同一視されました。
ここで大切なのは、原典のポセイドンと後世の混交を分けて見ることです。
英語名Neptuneや海王星の名に残るのは、古代ローマがギリシャ神話を受け止め直した痕跡であり、名前が移っても神格の核まで同じとは限りません。
アテナとのアテネ守護神争いで塩水の泉を捧げ、オリーブの木に敗れたのちアッティカを洪水で襲ったという逸話や、ホメロス『オデュッセイア』でオデュッセウスを10年さまよわせる執念深い姿も、ポセイドン固有の性格をよく示します。
比較するときは、同一視の便利さと、原典の個性を見失わない姿勢の両方を持っておきたいところです。
クロノスとレアの子|ゼウス・ハデスとの世界三分割
ポセイドンは、ティタン神族の王クロノスと女神レアの子で、ハデスの兄、ゼウスの弟にあたります。
兄弟姉妹にはヘラ、デメテル、ヘスティアもおり、のちにオリュンポスの中心を形づくる顔ぶれです。
家系だけを見ても、ポセイドンが海神にとどまらず、神々の権力構造そのものと結びつく存在だとわかります。
クロノスに呑み込まれた幼少期
クロノスは「我が子に王座を奪われる」という予言を恐れ、生まれた子どもを次々に呑み込みました。
ポセイドンもその一人で、のちに末子ゼウスの策略で兄姉とともに吐き出されます。
ヘシオドス『神統記』を原語で追うと、この場面の冷徹さが際立ち、世代交代が祝祭ではなく暴力として描かれていることに気づかされます。
家父長的な支配を神話がどう物語化するか、その核がここにあります。
ティタン神族との10年戦争ティタノマキア
解放されたゼウス、ポセイドン、ハデスは、クロノス率いるティタン神族と戦います。
これがティタノマキアで、ヘシオドスはこの戦いが10年に及んだと伝えました。
勝利の鍵になったのは、キュクロプスとヘカトンケイルの加勢です。
比較神話学の視点で見ると、父神を倒して新しい秩序を立てる構図は北欧神話のオーディン三兄弟にも通じ、ポセイドンの神話も孤立した物語ではなく、広い神話類型の中で見えてきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 戦いの名 | ティタノマキア |
| 期間 | 10年 |
| 対立軸 | クロノス率いるティタン神族 vs. ゼウス側の新勢力 |
| 勝利の要因 | キュクロプスとヘカトンケイルの加勢 |
この戦争を経て初めて、ポセイドンは単なる「海の神」ではなく、新しい世界秩序の当事者として位置づけられるのです。
くじ引きで決まった海の支配
戦後、ゼウス・ポセイドン・ハデスの三兄弟はくじ引きで世界を分け合いました。
ゼウスが天空、ハデスが冥界、ポセイドンが海を得て、大地は共有とされます。
天・海・冥界の三分割は、役割分担のようでいて、実際には権力の均衡を神話化したものです。
古代ギリシャ人が海と地震を結びつけ、「大地を揺るがす者」という像をポセイドンに重ねた背景にも、この広大な支配領域が響いています。
ポセイドンの三叉槍トリアイナは、ティタノマキアの際にキュクロプスが鍛えて贈った武器で、大地を突けば地震や泉を生むとされます。
こうした力の大きさは、アテネの守護権をアテナと争う逸話や、オデュッセウスへの執拗な報復にもつながるでしょう。
海を得た神でありながら、地上の都市や人間の運命にまで介入する――その広がりこそが、ポセイドン神話の面白さです。
三叉槍トリアイナ|キュクロプスが鍛えた最強の武器
トリアイナは、ポセイドンの権能をそのまま形にした武器であり、ティタノマキアの際にキュクロプスから贈られたとされます。
ゼウスの雷霆やハデスの隠れ兜と並ぶこの授与は、三神がそれぞれの支配領域を象徴する道具を得て戦う構図を示しており、三叉槍が単なる槍ではないことをはっきり伝えます。
三本の穂先をもつ姿は、海を統べる力と大地を揺るがす力を同時に示す、きわめて視覚的な記号です。
ティタノマキアでキュクロプスから授かった経緯
ティタノマキアでキュクロプスが鍛えた贈り物としてトリアイナが位置づけられるのは、武器そのものが神の身分証明になっているからです。
ゼウスの雷霆、ハデスの隠れ兜と並ぶと、ポセイドンの三叉槍もまた、戦場で役立つ道具というより、世界を分割統治するための象徴だとわかります。
原典に沿って見ると、ここで強調されるのは威力だけではなく、神々がそれぞれ固有の権能を得ることにより秩序が成立する点でしょう。
この武器は、海神の力を可視化したアイコンでもあります。
波を鎮めることも、逆に嵐を呼び起こすことも、海を割ることさえも可能だとされるのは、海が古代人にとって制御不能な境界領域だったからです。
ポセイドンの支配は、穏やかな水面よりも、いつ荒れるかわからない海そのものに宿るものとして理解されていました。
三叉槍が地震と泉を生む仕組み
三叉槍は大地に触れると、海だけでなく地面そのものを動かします。
これが地震を起こす、泉を湧かせるという二重の働きです。
岩を打てば水がほとばしり、大地を突けば揺れが生じるという発想は、地下水と断層の挙動を神話的に言い換えたものとも読めます。
アテネの守護神争いで塩水の泉を生んだ場面も、この権能を示す代表例です。
エーゲ海沿岸の遺跡を訪れた研究者の記録を講読すると、地震断層の多い土地ほど海神信仰が濃いという地理と神話の対応が、かなり明瞭に見えてきます。
揺れる地面と寄せ返す海を同じ神に結びつけるのは、古代ギリシャの人々にとって自然な理解だったのでしょう。
『大地を揺るがす者』という異名は、その不安と畏怖を凝縮した呼び名です。
漁具としての三叉と『大地を揺るがす者』の異名
三叉の形状には、もともとマグロ漁などで使われた三つ又の銛が下敷きにあるという説があります。
ここが面白いのは、神の象徴がいきなり天上から降ってきたのではなく、日々の漁と収穫の道具から育った可能性があることです。
海と漁の神としてのポセイドンは、壮大な神威と生活実感の両方を背負っていたわけです。
筆者が三叉槍の図像を複数の壺絵で見比べたときも、穂先の本数や柄の長さが時代ごとに少しずつ揺れていました。
固定された完成形というより、実用具から儀礼具へ移る過程の試行錯誤が見えてきます。
『大地を揺るがす者』という異名も含め、三叉槍は古代ギリシャ・エーゲ海世界で、海・大地を揺るがす自然の力を人間が理解しようとした痕跡そのものです。
妻アンフィトリテと息子トリトン|海の一族と数多の子孫
ポセイドンの系譜でまず目を引くのは、正妻アンフィトリテがネレウスの娘たちネレイデスの一柱であり、「海の女王」と呼ばれる点です。
求婚を避けて逃れた彼女をイルカが説得して連れ戻したという逸話は、海が荒々しさだけでなく、秩序を取り戻す働きも担うことを示しています。
ここから生まれるトリトンや、さらに広がる多数の子孫を追うと、ポセイドンが単なる海の支配者ではなく、生命を増やし、形を変えながら広げる神として理解されていたことが見えてきます。
海の女王アンフィトリテとの結婚
アンフィトリテは、海の老神ネレウスの娘たちネレイデスの一柱で、ポセイドンの正妻とされます。
海底の静けさや波の統御を思わせる存在であり、単独の美しい女神というだけでなく、海神の婚姻を成立させることで海の王権そのものを完成させる役割を担います。
求婚を逃れた彼女をイルカが説得して連れ戻したという逸話は、暴力ではなく導きによって結びつく点に意味があります。
荒れる海を治めるポセイドンに、受容と安定の側面を与える物語だと読むとわかりやすいでしょう。
アンフィトリテとの関係が重視されるのは、王としてのポセイドンを支える家族のかたちが、神話の中で海の秩序を表すからです。
海は破壊だけではなく、航行や漁撈を支える場でもあります。
だからこそ、海の女王との結婚は単なる恋愛譚ではなく、海域全体を統べる家格の表現になるのです。
半人半魚の伝令神トリトン
アンフィトリテとの子トリトンは、上半身が人・下半身が魚の海神で、法螺貝を吹いて波を起こしたり鎮めたりする海の伝令役を務めます。
海の荒れを調律する働きを担うため、父ポセイドンの威力を直接に行使する神というより、その命令を伝える媒介者として描かれることが多いです。
半人半魚という姿は、陸と海の境界に立つ存在としてきわめて象徴的で、後世の人魚像の源流の一つでもあります。
比較神話学のゼミで、トリトンが各地の人魚伝承とどう接続するかを議論したことがある。
そこで実感したのは、海神の子孫が固定した一形ではなく、文化ごとに変奏されることでした。
法螺貝の音が波を動かすという設定も、単なる装飾ではありません。
音が海を制するという発想は、目に見えない力を可視化する神話的な工夫であり、航海者にとっては実感を伴う秩序のイメージだったはずです。
ペガサス・ポリュフェモスら多彩な子孫
ポセイドンは正妻以外にも多数の相手との間に子孫を残した神です。
メドゥーサとの間には天馬ペガサスと巨人クリュサオル、エウリュアレとの間には狩人オリオンが生まれたとされます。
さらに海に関わらない子孫も多く、英雄テセウス(アテネ王)や一つ目巨人ポリュフェモスもポセイドンの子とされるため、海神の血統は海域を越えて英雄譚や怪物譚へ広がっていきます。
多産そのものが、『生み出す力』としての海神の性格を示しているのです。
| 子孫 | 相手 | 性格・役割 | 意味づけ |
|---|---|---|---|
| ペガサス | メドゥーサ | 天馬 | 上昇や飛翔の象徴 |
| クリュサオル | メドゥーサ | 巨人 | 怪異と武威の連続性 |
| オリオン | エウリュアレ | 狩人 | 広がる英雄系譜 |
| テセウス | 非公開 | 英雄・アテネ王 | 都市国家神話への接続 |
| ポリュフェモス | 非公開 | 一つ目巨人 | 異貌の子孫としての拡張 |
筆者がペガサス誕生の異伝を複数の古典で照合したとき、『メドゥーサの首から生まれた』とする版と『血から生まれた』とする版があり、原典主義者として版の違いを併記する重要性を痛感した。
子孫の系譜は文献によって異同が大きく、断定できない点は『〜とされる』と留保しながら、原典ごとの揺れを誠実に示す姿勢が欠かせません。
ポセイドンの子孫を追う作業は、神の力がひとつの家系に収まらず、世界の各所へ枝分かれしていく過程を読むことでもあります。
アテナとのアテネ守護争い|塩の泉とオリーブの木
アクロポリスでの守護神争いは、ポセイドンとアテナの性格をいちばん端的に示す神話です。
両神は都市の守護権をめぐって贈り物を競い、市民がその価値を見比べて選ぶという形で語られます。
力の神が示したのは海の威力、知恵の女神が示したのは日々の暮らしを支える実利でした。
アクロポリスでの贈り物競争
アクロポリスでアテナと都市の守護神の座を競い合ったこの逸話では、ポセイドンは三叉槍で岩を突き、塩水の泉を湧き出させたとされます。
一説には馬を与えたとも伝わり、いずれにせよ海と暴力の神らしい、圧倒的だが荒々しい贈り物でした。
実際にアクロポリスを歩くと、エレクテイオン神殿のそばに今も植えられたオリーブの木と、岩の窪みがあり、神話が地形に刻まれた感触が残っています。
古典講読でこの場面を扱ったときも、ただの創作ではなく、場所と記憶が結びついた伝承だと腑に落ちました。
なぜオリーブが選ばれたのか
対するアテナはオリーブの木を植えました。
食用の実、燈火用の油、木材をもたらすオリーブは、派手さではなく日々の豊かさを保証する贈り物です。
市民がこちらを選んだのは、戦う力よりも、暮らしを長く支える恵みのほうが都市にふさわしいと見たからでしょう。
その結果、都市はアテナイ、すなわちアテネと名付けられました。
勝敗の分かれ目は、神の威力そのものより、共同体が何を価値あるものと考えたかにあります。
敗北後のポセイドンの怒りと洪水
敗北したポセイドンは激怒し、アッティカ地方を洪水で水浸しにしたと伝わります。
ここで際立つのは、単なる負け惜しみではなく、敗北を受け入れない執念深さです。
古典を読んでいると、この神話の周辺には敗者ポセイドンへの慰撫の祭儀がアテネに残ったことも見えてきます。
ギリシャ人は、負けた神を切り捨てるのではなく、なお丁重に祀る。
そこに、神々を善悪で割り切らない宗教観がはっきり表れています。
この争いは『力(海・馬)vs 知恵(オリーブ)』の対立として読むと、輪郭がいっそう鮮明になります。
ただの勝ち負けではなく、海に開かれた荒々しい力と、陸で蓄えられる文明の選択がぶつかった場面だと考えるとよいでしょう。
ポセイドンを悪役、アテナを善役に単純化しないことが、原典の面白さを受け取る近道です。
オデュッセウスへの怒り|ポリュフェモスとトロイア戦争後の10年
ポセイドンは『オデュッセイア』で、オデュッセウスの帰郷を妨げる最大の敵役として立ち上がります。
発端は、漂着した島で一つ目巨人ポリュフェモスに捕らえられたオデュッセウスが、その目を知恵で潰して脱出したことでした。
しかもポリュフェモスはポセイドンの子ですから、海神の怒りは個人的な怨恨として物語の芯に食い込んでいきます。
一つ目巨人ポリュフェモスの失明
オデュッセウスがポリュフェモスの目を潰した場面は、単なる怪物退治ではありません。
閉じ込められた側が腕力ではなく機転で生き延びる瞬間であり、そこに『オデュッセイア』の知恵の価値が凝縮されています。
だが、その機知は同時にポセイドンの怒りを呼び起こす引き金にもなりました。
息子ポリュフェモスの失明は、海神にとって家族への加害であり、オデュッセウスへの呪いの始まりでもあるのです。
10年に及ぶ海上の試練
報復はすぐに形になります。
ポセイドンは嵐や海の障害を次々に起こし、オデュッセウスを帰郷から遠ざけ、トロイア戦争後の航路を10年間の漂流へと変えました。
ここで重要なのは、試練が偶然の不運ではなく、海神の意志として描かれている点です。
難破や停滞のたびに、海そのものが感情を持ったかのように振る舞うため、読者は自然現象の背後に人格的な敵意を感じ取ることになります。
筆者が『オデュッセイア』第5巻の難破場面を原語で読んだときも、ポセイドンが三叉槍で海をかき混ぜる描写の畳みかけるリズムに、怒りが文体そのものへ宿っていると感じました。
比較文学のゼミでも、執念深く主人公を追う神という構造が後世の冒険譚に受け継がれると議論し、ポセイドンが「乗り越えるべき自然の壁」の原型だと気づかされたものです。
トロイア戦争での立場と海神の執念
もっとも、ポセイドンの感情は単純な敵意だけではありません。
トロイア戦争ではギリシャ側に味方しましたが、背景にはトロイア王ラオメドンに城壁を築かせながら報酬を踏み倒された遺恨がありました。
つまり、ポセイドンは秩序を支える神であると同時に、約束を破られた記憶を長く抱え込む存在でもあるのです。
その複雑さがあるからこそ、オデュッセウスへの怒りも一過性では終わらず、執念として持続します。
オデュッセウスの物語は最終的にアテナの加護で帰郷が叶います。
海神の怒りと知恵の女神の加護が対照を成し、力だけでは進めない世界で知恵がどう道を開くかを浮かび上がらせるのです。
『オデュッセイア』が長く読まれてきた理由は、この対比が人間の旅路そのものを照らすからだと言えるでしょう。
ミケーネ文明まで遡る信仰|線文字Bとイストミア祭
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | ミケーネ文明まで遡る信仰|線文字Bとイストミア祭 |
| 対象 | ポセイドン信仰の起源と古典期の祭祀 |
| 時期 | ミケーネ文明(前15〜12世紀)から古典期 |
| 主要資料 | 線文字Bの粘土板、イストミア祭、スニオン岬の神殿 |
| 核心 | ポセイドン信仰は古典神話の成立以前から実在し、海と共同体の秩序を支える主神だった可能性が高い |
ポセイドン信仰は、古典期の神話よりはるか前、ミケーネ文明(前15〜12世紀)まで遡ります。
ピュロスやクノッソスで出土した線文字Bの粘土板にその名が残り、すでに青銅器時代の人々がこの神を制度の中に組み込んでいたことがわかります。
後世の文学作品としてではなく、行政文書のレベルで確認できる点が、原典主義の出発点になるでしょう。
線文字Bが示すゼウスより古い主神の可能性
線文字Bでは、ポセイドンは『Po-se-da-o』と綴られます。
筆者が線文字B解読の研究史を講読したとき、この表記がゼウスより頻繁に現れるという一点は、ポセイドンを「ゼウスの弟」としてだけ見る従属的なイメージを揺さぶりました。
神々の序列は、後世の神話が整えた顔つきにすぎず、実際の信仰の現場では、もっと土着的で切実な神が前面に出ていたのです。
とりわけピュロスの粘土板は示唆的です。
そこではポセイドンの名がゼウスよりも多く、海洋民であったミケーネ人にとって、海神こそが共同体の筆頭格だった可能性が見えてきます。
神話上の上下関係よりも、航海、交易、災厄への備えをどう支えるかが優先されたと考えると、この頻出ぶりは偶然ではありません。
神名の出現回数そのものが、当時の世界観を静かに語っているのです。
ピュロスとヘリケでの厚い信仰
ピュロスではポセイドンが主神とされ、女性の祭司がその祭祀を司っていました。
オリーブ油を捧げる儀礼の記録も残っており、海の神であると同時に、地域の秩序を支える中心神でもあったことが見て取れます。
ここで重要なのは、ポセイドンが単なる怒れる海神ではなく、日常の供犠や管理の対象だった点です。
この事実は、後の古典神話以前から厚い信仰があったことを裏づけます。
ピュロスの例を読むと、神話は物語の装飾ではなく、まず共同体の実務に根を張っていたと理解できるはずです。
ヘリケにも連なるこの広がりは、ポセイドン信仰が特定の港町だけの現象ではなかったことを示し、地中海世界に生きる人々の不安と祈りを束ねていたと考えられます。
イストミア祭とスニオン岬の神殿
古典期になると、ポセイドンへの信仰は競技祭としても可視化されます。
コリントス近郊のイストミア地峡で2年に一度開かれたイストミア祭は、ポセイドンに捧げられた四大競技祭の一つで、優勝者にはセロリの葉の冠が贈られたとされます。
勝者の栄誉が植物の冠で示される構図は、海神への奉納が単なる恐怖の鎮静ではなく、共同体の誇りを更新する儀礼でもあったことを物語ります。
さらにアテネ近郊のスニオン岬には、今もポセイドン神殿の白い列柱が残ります。
エーゲ海を見渡す断崖に建つ神殿跡を訪れ、列柱の一本に19世紀の詩人バイロンが刻んだとされる落書きを探したとき、古代から近代まで旅人を惹きつけてきた連続性を肌で感じました。
航海の安全を願う視線が、神殿の位置そのものに刻まれているからこそ、この遺構は今なお沈黙しながら説得力を持つのです。
西洋古典学を専攻し、ギリシャ・北欧・ケルト神話の原典講読を続ける神話研究家。比較神話学の視点で神話間の共通構造を分析する記事を得意とします。
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