ギリシャ神話

アレスとは|ギリシャ神話の軍神の物語と神格

アレスは、ギリシャ神話で戦いと暴力を司るオリュンポス十二神の一柱であり、ゼウスとヘラの正式な嫡子です。
『イリアス』第5歌ではゼウス自身から「神々の中で最も憎い」と罵られるほど評価が低く、最強の家柄に生まれながら嫌われ者として描かれる点に、この神の独特な面白さがあります。
ゲームやアニメでは最強の軍神として親しまれがちですが、原典をたどると、人間の英雄ディオメデスに負傷させられ、アロアダイ兄弟には青銅の壺に13か月閉じ込められるなど、力任せの暴力が知略に敗れる姿が繰り返し示されます。
アテナが戦略と正義を担うのに対し、アレスは戦場の狂乱や流血そのものを神格化した存在であり、その対比を押さえると、古代ギリシャ人が戦争をどう見ていたのかがぐっと立体的に見えてきます。

アレスとは|ギリシャ神話の軍神の基本プロフィール

アレスは、ギリシャ神話で戦いと暴力を司る軍神で、オリュンポス十二神の一柱に数えられます。
ゼウスとヘラの間に生まれた正式な嫡子という出自を持ちながら、原典の評価は驚くほど低く、家柄の高さと扱いの悪さがくっきり食い違う神だと押さえておくと理解しやすいでしょう。
ローマ神話では軍神マルスと同一視され、惑星の火星(Mars)の名にもその痕跡が残ります。
ゲームやサブカルで「マルス」の名に親しんだ読者ほど、アレスとの同根関係にすっと腑に落ちるはずです。

アレスの語源と『アレオパゴス』との関係

アレスの名は、アテネの法廷の地として知られるアレオパゴス(アレスの丘)の語源とも結びつけて語られます。
神の名が地名に残るというのは、単なる伝説の飾りではありません。
都市の中心であるアテネにまで痕跡を残したこと自体が、この神格がきわめて古く、しかもギリシャ人の想像力の中で長く生き続けた存在だったことを示しています。
後段で触れる裁判の逸話を読む前提としても、ここは押さえておきたいところです。

地名が神名を保存する例は少なくありませんが、アレオパゴスはとりわけ印象的です。
戦場の神であるアレスが、法廷の名に転じて残るのは、暴力と裁きが古代ギリシャで切り離せない問題だったからでしょう。
原典の系図で「ゼウスとヘラの実子」と知ると、ヘラクレスやアテナのような「ゼウスの愛人の子」とは異なるにもかかわらず、なぜここまで冷遇されるのかという不思議さが際立ちます。
その違和感こそが、アレス像を読む入口になります。

象徴・聖獣

アレスの象徴は、槍・兜・盾といった武具です。
いずれも戦士の姿をそのまま映し出す道具であり、平穏な秩序よりも、衝突そのものを神格化した存在であることを端的に示します。
武器をまとった姿は、単なる勇敢さの称揚ではなく、血と破壊が戦場の現実であることを思い出させるものです。
だからこそ、アレスは「戦いの力」だけでなく、「戦いが呼び込むもの」まで背負わされた神だといえます。

聖獣としては、戦場の死を連想させる犬やハゲワシ、獰猛さを表す猪が挙げられます。
どれも生の祝福というより、死と捕食の気配をまとった存在です。
犬は戦場の残骸に寄り、ハゲワシは死体を漁り、猪は制御しにくい暴力性の象徴になる。
こうした取り合わせを見ると、アレスの神格が「勝利の栄光」よりも、「流血の現場」そのものに近いことがよく分かります。
戦略と正義を司るアテナと対照的に置かれたのも、偶然ではないでしょう。

ゼウス・ヘラの嫡子という出自

アレスは、主神ゼウスと女神ヘラの間に生まれた数少ない正式な嫡子にあたります。
ここが面白い点です。
家柄だけ見れば最高位に位置し、オリュンポス十二神の一柱として申し分ないのに、原典ではむしろ粗野で残忍な存在として描かれ、ゼウス自身から「神々の中で最も憎い」と罵られる場面まであります。
嫡出であることと高い評価は、古代神話の世界ではまったく別問題だったわけです。

このねじれを示す背景として、アレスはトロイア戦争でアテナと敵味方に分かれて対立し、アテナの加護を受けたディオメデスに負傷させられます。
さらに、巨人アロアダイ兄弟のオトスとエピアルテスに青銅の壺へ13か月幽閉されるなど、力任せゆえに敗れる逸話が多い。
制御されない暴力は、知略や正義の前では退けられるという古代ギリシャの価値観が、ここにははっきり映っています。
ローマでは軍神マルスと同一視され、火星(Mars)の名の由来にもなりましたが、ギリシャでの冷ややかな扱いとの落差を知ると、同じ神がまったく違う顔を持つことが見えてきます。

アレスの性格|なぜ神々からも嫌われたのか

アレスは、戦争そのものの高揚よりも、血の気と破壊衝動に近い力を人格化した神です。
秩序や名誉のために剣を取る存在ではなく、戦場が熱を帯び、理性が崩れ、ただ混乱が噴き上がる局面を体現するところに、ほかの神々との軋轢が生まれました。
『イリアス』第5歌でゼウスがアレスを「オリュンポスの神々の中で最も憎い」と罵る場面は、その評価の低さをもっとも端的に示しています。

戦場の狂乱を神格化した存在

アレスの粗野さは、単なる性格の悪さではありません。
古代ギリシャの目から見ると、彼は勝敗を決める知略や共同体の規律よりも、流血そのものに引き寄せられる危険な力だったのです。
アテナが戦争の栄誉や計略を司るのに対し、アレスは戦場の狂乱と破壊を神格化した存在として対置されます。
そのため、戦場での暴力が高まるほど彼は強く見えても、同時に制御不能なものとして警戒されました。

この性格は、英雄譚の中でもはっきり表れます。
トロイア戦争ではアテナの加護を受けたディオメデスに負傷させられ、さらに巨人アロアダイ兄弟オトスとエピアルテスには青銅の壺へ13か月も閉じ込められます。
力任せで押し切るはずの神が、知略や結束の前でたびたび崩れる。
この落差こそが、アレス像の核心でしょう。

ゼウス・ヘラからの評価が低い理由

『イリアス』第5歌でゼウスが投げつける「オリュンポスの神々の中でお前が最も憎い」という言葉は、アレスの立場の弱さを象徴します。
実の父にここまで言われる神はきわめて珍しく、原典の中で彼がどれほど不人気だったかを物語る一節です。
しかもアレスは、負傷して訴え出る側に回ることが多く、戦神でありながらも勝者としてより敗者として描かれやすい。
読んでいると、「戦いの神=かっこいい強者」という現代の先入観が、原典でいとも簡単に崩れるのがわかります。

本拠地が古代ギリシャ人に「蛮族の地」とみなされたトラキアとされた点も見逃せません。
ギリシャ世界の中心から遠い北方に置かれた神格という設定には、周縁への蔑視がにじみます。
武勇の神でありながら、文明の中心に受け入れられない。
そこに、ギリシャ人の自文化中心的な世界観が透けて見えるのではないでしょうか。

美貌と粗暴さの二面性

もっとも、アレスはただ恐れられるだけの神ではありません。
容姿は立派で美貌の神ともされ、美の女神アフロディテに愛されるほどでした。
粗暴さと美貌が同居するため、彼は「危険だが目を引く存在」として際立ちます。
強さだけなら他にも神はいますが、荒々しさと端正な外見が同時に与えられることで、アレスは単純な悪役に収まらない複雑さを持つのです。

この二面性は、後世の創作でアレスが魅力的に描かれる土台にもなりました。
神々の中では嫌われ者でも、破壊の熱と美しさが同じ身体に宿るなら、物語上の存在感はむしろ強まります。
アフロディテとの関係や、デイモス・ポボス・ハルモニアらの子をもうけた逸話まで含めて眺めると、アレスは「嫌われる軍神」ではなく、暴力と美の矛盾を抱えた神として見えてくるでしょう。

アレスとアフロディテの不倫|ヘファイストスの罠

『オデュッセイア』第8歌では、吟遊詩人デモドコスが歌う形で、アレスとアフロディテの密会が語られます。
美の女神アフロディテには鍛冶神ヘファイストスという夫がいたため、この関係は神々の世界でもひときわ生々しい不倫として描かれました。
しかも発覚から制裁までの流れがあまりに劇的で、恋の情熱と滑稽さ、そして露見の怖さが一つの場面に凝縮されています。

密会と太陽神ヘリオスの密告

アレスは美の女神アフロディテと密通し、しかも相手には鍛冶神ヘファイストスという夫がいました。
勇猛さの象徴である軍神が、恋愛では堂々と振る舞えず、太陽神ヘリオスの目に暴かれるという構図が、この逸話を単なる艶話で終わらせません。
神であっても欲望に揺れ、秘密を抱え、さらにそれが露見するところに、ギリシャ神話らしい人間臭さがよく表れています。

密会を目撃したヘリオスは、その事実をヘファイストスに告げ口します。
すべてを見通す太陽神が露見のきっかけになる点は、隠し事はいつか必ず表に出るという寓意を強く帯びています。
恋愛の当事者だけで完結せず、見張る目が外側にあるからこそ、物語は一気に緊張感を増すのです。

見えない鎖の網による捕縛

怒ったヘファイストスは、目に見えないほど細く決して切れない鎖で網を作り、それを寝台に仕掛けました。
アフロディテとアレスが横たわった瞬間、二神は網に絡め取られて身動きが取れなくなります。
鍛冶神の技が、武力ではなく精密な仕掛けとして発揮されるところに、この神話の面白さがあります。

さらにヘファイストスは他の神々を呼び集め、逃げ場のない状態の二神を神々の前で晒し者にしました。
ここが『オデュッセイア』第8歌の見せ場であり、単なる復讐譚ではなく、恥を公衆の面前で可視化する場面として記憶されています。
ルネサンス以降の西洋絵画でこの捕縛場面が繰り返し描かれたのも、身体が網に絡め取られた瞬間の劇性が、見る者に一目で伝わるからでしょう。
おすすめです。

ℹ️ Note

この場面は、力で押し切る軍神が、技術と機転で出し抜かれる逆転劇として読むと、物語の輪郭がいっそう鮮明になります。

二神の子・ハルモニアとデイモス/ポボス

アレスとアフロディテの間には、恐怖を司るデイモスやポボス(フォボス)、調和の女神ハルモニアらが生まれたとされます。
恐怖と調和が同じ親から生まれるという設定は、恋愛が甘美さだけでなく、不安や混乱も伴うことを示しているようです。
神々の血筋は、感情の両極をそのまま神格化したものだと見ると理解しやすいでしょう。

後段のアレオパゴス裁判で殺されるのは、このハルモニアの姉妹である娘アルキッペをめぐる事件です。
ここで家系がつながることで、アレスとアフロディテの逸話が孤立した恋愛譚ではなく、のちの神話世界へ連なる血縁の節目として機能します。
神話を追うときは、こうした親子関係をたどってみてください。
物語同士の距離がぐっと縮まります。

アレスの戦いの逸話|トロイア戦争とディオメデスの負傷

トロイア戦争の物語では、アレスはトロイア側に味方し、ギリシャ側に付いたアテナと正面から敵対します。
戦争の神が同じ戦場で敵味方に分かれる構図は、単なる配置の妙ではなく、衝動としての暴力を体現するアレスと、戦いを知恵で制御するアテナという性格差を、神話そのものの形で見せているのです。
こうした対立を踏まえると、アレスの逸話は「強い神」の武勇伝というより、「力だけでは戦いを支えきれない」という古代ギリシャの感覚を読む手がかりになります。

トロイア戦争でのアレス

アレスがトロイア側につく場面は、彼が戦争を愛する神でありながら、秩序ある軍略よりも血の匂いが濃い混乱に引かれる存在だと示しています。
対するアテナはギリシャ側に立ち、勝敗を分けるのを腕力ではなく判断と統率に委ねる神です。
同じ「戦い」を担っていても、片やむき出しの突進、片や制御された戦術という違いが、陣営の分かれ方にそのまま映り込んでいるわけです。
ここに、神々の対立を通じて戦争の性質を描き分ける『イリアス』的な視線が見えてきます。

ディオメデスに負傷させられた一戦

『イリアス』第5歌では、アテナの加護と導きを受けた人間の英雄ディオメデスが、その槍でアレスを負傷させます。
戦いの神が人間に傷つけられるという展開は、初めて触れると少し奇妙に感じられますが、そこにこそ神話の意図があります。
アレスは圧倒的な暴力を象徴する一方で、状況を読む力や持続的な統御を欠くため、アテナの知恵が後ろにある相手には崩されるのです。
悲鳴をあげてオリュンポスへ逃げ帰る描写は、豪勇の空回りを鋭く描いた場面だと言えるでしょう。

この一戦が印象的なのは、強さの基準をひっくり返してしまう点にもあります。
力任せに前へ出るだけでは、神ですら傷つく。
そうした逆説を、読者はここで突きつけられるのです。

アロアダイ兄弟に幽閉された13か月

さらにアレスには、巨人アロアダイ兄弟、オトスとエピアルテスに捕らえられ、青銅の壺に13か月間閉じ込められたという逸話があります。
13か月という具体的な数字が妙に生々しく、神話の中ではむしろその奇妙さが記憶に残ります。
神話の数にはしばしば象徴的な重みがあり、この長さは、力のある者が知恵を欠くと、長期の無力化にさらされることを際立たせているのでしょう。
腕力では随一のはずの軍神が、壺の中で身動きできないという皮肉は、まさにギリシャ神話らしい逆転です。

青銅という素材も見逃せません。
武器と防具の世界を象徴する金属が、ここでは武勇の神を閉じ込める器になるからです。
戦うための力が、戦えない状態へと反転する。
この落差こそが、アレス神話の核心だと考えられます。
『戦いの神が人間に負ける』という描写に最初は違和感を覚えましたが、読み進めるほど、それが意図的な教訓として置かれていることに納得がいきました。
制御を失った暴力は、最終的には敗れる。
アレスの『負ける』逸話群は、その感覚を最もわかりやすく形にした例なのです。

アレスとアテナの違い|戦の二つの顔

アレスとアテナは、どちらも「戦の神」でありながら、その役割は対照的です。
アレスが戦場の狂乱、流血、破壊そのものを体現するのに対し、アテナは戦略と知略、そして正義のための戦いを司ります。
この二柱を並べると、古代ギリシャ人が戦争を単なる暴力ではなく、制御されるべき力として捉えていたことが見えてきます。
そこには、「戦うこと」よりも「どう戦うか」を重んじる価値観がはっきり表れています。

アレス=狂乱、アテナ=知略

アレスは、戦場で理性が崩れ、血と叫びが支配する局面を神格化した存在です。
勝敗よりも暴力の噴出そのものに近く、破壊の熱量をそのまま引き受ける神だといえます。
これに対してアテナは、正義と防衛のための戦いを司り、必要ならば平和的解決を選ぶ側面すら持っています。
つまり同じ戦でも、アレスは「暴力の側面」、アテナは「知恵と大義の側面」を分担しているのです。

この対比は、現代のフィクションでしばしば見かける「猛将」と「賢将」の原型としても読めます。
アレスが前面に出る場面は勢いがある反面、長くは続かない。
アテナが示すのは、力をどう配置し、どう抑え、どこで使うかという発想です。
原典を読み比べると、ギリシャ神話が暴力を均質なものとして扱っていないことが、手に取るように分かります。

トロイア戦争での敵対関係

『イリアス』では、アテナの助力を得た人間がアレスを退ける構図が繰り返されます。
トロイア戦争という巨大な戦争叙事の中でさえ、単純な武勇だけでは物語が進まないのです。
アレスは確かに戦場を荒らしますが、その力はしばしばアテナの知略や介入によって押し返されます。
ここに、古代ギリシャ人が暴力をどう序列づけたかが明瞭に現れています。

アテナとアレスを並べて原典を読むと、勝利の条件は腕力そのものではなく、大義を支える判断力にあると見えてきます。
人間がアテナに味方されるとき、単なる強さは意味を持ちにくくなるのです。
これは神々の対立であると同時に、戦争に対する倫理の対立でもあります。
だからこそトロイア戦争の場面では、アレスの熱は派手でも、最終的な秩序はアテナの側に傾いていくのでしょう。

『力より知恵』という教訓性

アレスとアテナの関係に込められているのは、「力こそ正義」ではなく、「力は知恵に従うべきだ」という思想です。
アレスが象徴するのは制御なき暴力であり、アテナが象徴するのは、知略と大義によって力を方向づける発想です。
この価値観は、戦いを美化するためではなく、むしろ暴力を秩序の外に放置しないための神話的な知恵として働いています。
おすすめです、ここを押さえるとアレス像の見え方が変わります。

現代の作品でアテナが賢将、アレスが猛将として描き分けられるのは偶然ではありません。
『イリアス』の段階で、その型はすでにかなり鮮明に形を取っているからです。
筆者はこの対比を原典で追うたび、古代の物語が単なる昔話ではなく、戦うことの意味を問い直す思考装置だったのだと感じます。
読者も、アレスをただの荒々しい神としてではなく、アテナとの対照によって初めて輪郭を持つ存在として見直してみてください。

アレスの裁判とアレオパゴス|史上初の殺人裁判

項目 内容
名称 アレスの裁判とアレオパゴス
位置づけ 神話上の殺人裁判譚と、アテネの実在法廷の由来を結ぶ逸話
中心人物 アレス、アルキッペ、ハリロティオス、ポセイドン
核心 娘アルキッペを襲ったハリロティオスをアレスが殺害し、神々の法廷で裁かれて無罪となった
地名の由来 アテネの「アレスの丘」を意味するアレオパゴス
後世への展開 アテネで殺人・故意の傷害・放火などの重罪を裁く法廷名として用いられた

アレスの裁判は、暴力の神が「初の殺人裁判の被告」でありながら、同時に法廷の地名の由来にもなるという逆説を示す神話です。
娘アルキッペを襲おうとしたポセイドンの子ハリロティオスをアレスが殺害したことから物語が動き、神々の法廷で裁かれた末に無罪となったと伝えられます。
そこには、力による制裁が単なる報復で終わらず、裁きの場へ移されていくギリシャ神話らしい緊張感があります。

娘アルキッペをめぐる事件

アレスにまつわる重要な逸話の起点は、娘アルキッペを襲おうとしたポセイドンの子ハリロティオスです。
父としてのアレスは、乱暴者の神という顔とは別に、家族への加害を見過ごさない存在として描かれます。
ここでの殺害は単純な武勇談ではなく、侵害への即応として語られる点が要です。
神話は、暴力そのものを賛美するのでなく、暴力がどの瞬間に裁きへ転じるのかを見せているのではないでしょうか。

アルキッペの名が前面に出ることで、この話は「神どうしの争い」から「弱者を守る行為」へ重心が移ります。
だからこそ、読者はアレスを一面的な戦神としてだけではなく、父・保護者・被告という複数の立場で見られるのです。
娘をめぐる事件が神話の出発点になると知ると、後続の裁判の意味もはっきりしてきます。

神々による初の殺人裁判と無罪

海神ポセイドンは息子を殺された報復を求め、アレスは神々の法廷で裁かれることになりました。
神同士が殺人をめぐって裁判にかけられるのは前例のない事態で、ここに「史上初の殺人裁判」と呼ばれる重みがあります。
しかも争点は、単なる私怨ではなく、どの神がどの範囲まで裁けるのかという秩序の問題でもありました。
アレスは最終的に無罪となり、力の行使がただちに有罪とされない神話世界の複雑さが浮かび上がります。

この顛末が面白いのは、アレスが勝者として立つのではなく、法の手続きに服したうえで裁かれる点です。
神話の世界でも、血の報復だけでは物事が収まらず、審理という別の回路が必要になる。
そこに、アテネ的な法意識の萌芽を見ることができます。

アレオパゴス(アレスの丘)の語源

裁判が開かれた地が、アテネの「アレスの丘」を意味するアレオパゴスです。
地名そのものがこの逸話に由来するとされ、神話と実在の地理がぴたりと重なります。
アテネ観光でこの丘を訪れる人が多いのも当然で、単なる展望地ではなく、神々の裁きが記憶された場所として眺め直すと見え方が変わります。
旅先の地名が物語に結びつくとき、街は急に奥行きを持つものです。

アレオパゴスはのちに、アテネで殺人・故意の傷害・放火などの重罪を裁く実在の法廷の名となりました。
乱暴者の代名詞であるアレスが、皮肉にも「裁き」の起源と結びつく逆説は、神話の核心をよく表しています。
暴力の神が法の地名に刻まれる。
このずれこそが、アレス神話をただの武勇譚では終わらせない理由でしょう。

アレスの信仰とローマのマルス|現代への広がり

アレスは、ギリシャ世界では荒々しい戦争の神として敬遠されがちでしたが、武勇を尊ぶ土地では別の顔を見せました。
スパルタやトラキア、スキタイでは出征前の兵士が加護を願って犠牲を捧げ、戦場での力を神に求めたのです。
アテネでもアレオパゴスの麓にアレスの神殿があったとされ、嫌われながらも祭祀の対象にはなっていました。

スパルタ・トラキアでの信仰

スパルタ・トラキア・スキタイでのアレス信仰は、単なる神話上の人気ではなく、軍事的な価値観そのものと結びついています。
戦うことが共同体の基盤になる地域では、アレスの荒々しさは欠点ではなく、むしろ必要な力でした。
出征前の犠牲は、その力を自分たちの側へ引き寄せようとする実践であり、神を恐れるだけでなく、戦いを支える存在として迎え入れていたことが分かります。

この点で、アテネのように都市秩序や節度を重んじる文化との差は鮮明です。
アレオパゴスの麓に神殿があったという事実は、アレスが全面的に排除された神ではなかったことを示しています。
中心都市アテネでも、暴力の神として警戒されつつ、必要な局面では祀られた。
その両義性こそ、ギリシャ世界におけるアレス像の核心でしょう。

ローマのマルスはなぜ尊敬されたか

ローマに渡ると、アレスは軍神マルスと同一視されますが、受け取られ方は大きく変わります。
マルスはロムルスとその双子レムスの父とされ、ローマ建国の物語に深く組み込まれました。
さらに農耕とも結びつく国家の守護神として位置づけられたため、戦いだけを司るギリシャのアレスより遥かに尊崇されたのです。

ここで面白いのは、同じ「戦いの神」でも、社会が神格に求める役割で評価がまるで変わることです。
ギリシャでは制御しにくい暴力が前面に出るのに対し、ローマでは建国、家系、国家秩序に接続されることで、マルスは共同体を支える中心へと押し上げられました。
神は固定された存在ではなく、文化が必要に応じて作り変えるものだと分かります。

現代のゲーム・アニメに残るアレス像

現代でもアレス/マルスは、ゲーム・アニメ・映画などで繰り返し使われる人気のモチーフです。
創作では「最強の戦神」として描かれることが多いですが、原典のアレスはむしろ負け役に回ることも多く、ギリシャ神話の主神格ではなく、主に戦争の混乱を象徴する神として位置づけられていました。
その差を知ってから作品を見ると、どこが誇張され、どこが切り取られたのかが見えやすくなります。

現代作品に触れたあとで原典を読むと、アレス像の奥行きがいっそうはっきりします。
荒々しさだけを膨らませた作品もあれば、ローマ的な威厳を借りて再構成した作品もあるでしょう。
そうした違いを見比べながら楽しんでみてください。
原典と創作の往復によって、神話はただの知識ではなく、生きたイメージとして立ち上がってきます。

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柊 瑛太

西洋古典学を専攻し、ギリシャ・北欧・ケルト神話の原典講読を続ける神話研究家。比較神話学の視点で神話間の共通構造を分析する記事を得意とします。

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