ギリシャ神話

ヘルメスとは|伝令神の役割と8つの物語

ヘルメスは、ゼウスとニンフ・マイアの子としてアルカディア地方のキュレネ山の洞窟に生まれた、ギリシャ神話オリュンポス十二神の一柱です。
『神々の伝令使』として知られる存在ですが、その姿ははるかに多面的で、旅人、商人、盗賊、雄弁、牧畜、そして死者の魂の案内までをつなぐ神でもあります。

その領域の広がりは、ばらばらに見える役割を「境界をまたぐ者」という一本の軸で読むと、すっと見通しがよくなります。
生後その日にゆりかごを抜け出して兄アポロンの牛50頭を盗み、亀の甲羅から竪琴を発明したという『ホメロス讃歌』の逸話は、狡知と創意をあわせ持つヘルメスの本質を見事に凝縮しています。

筆者が『ヘルメス讃歌』を原語で読み返したとき、まだ生後数日の神が見せる機転の生々しさには改めて驚かされました。
翼のサンダル、翼の帽子、二匹の蛇が絡む杖という象徴の意味も、原典と現代の受容を行き来しながら追うと、単なる神話の装飾ではないことが見えてきます。
医療のシンボルと混同されがちな杖の話まで含めて、ヘルメス像の全体像を整理していきましょう。

ヘルメスとは|出自と一言での正体

ヘルメスは、ゼウスとニンフ・マイアの子として生まれたオリュンポス十二神の一柱である。
誕生地はアルカディア地方キュレネ山の洞窟とされ、この「人目につかない場所」で生まれた設定が、境界を越え、行き来を取り持つ神としての性格とよく響き合っている。
原典で最も目立つのは神々の伝令使という顔だが、それはヘルメスの全体像の入り口にすぎない。

両親と誕生の地

ヘルメスは主神ゼウスと、巨神アトラスの娘であるニンフ・マイアとの間に生まれた神で、出生の舞台はアルカディア地方キュレネ山の洞窟と伝えられる。
筆者が古典文献を読むとき、まず神の「生まれた場所」に目を向けるのは、その土地が神格の性格を先に語っていることが多いからだ。
ヘルメスの場合も、洞窟という隠れた空間が、境界の外へ出入りする神の性質を先取りしている。

マイアは人目を避けて暮らす控えめなニンフであり、そこで生まれたヘルメスは、最初から表舞台の王権神ではなかった。
むしろ、道の脇、戸口、山のあいだ、国境のそばといった「端」の領域に似合う神として立ち上がってくるのである。
出自の物語は、後の役割を飾るためではなく、役割そのものの根を示している。

オリュンポス十二神での位置づけ

ヘルメスはオリュンポス十二神に数えられ、世代としては比較的新しく加わった若い神である。
オリュンポスの中では最年少格の一柱にあたり、古い世代の神々を押しのける存在というより、神々の間と人間界のあいだを動き回る実務的な役目を担う。
神々の伝令使という呼び名が定着したのは、その機能が誰よりも明快だったからだ。

父ゼウスの命令を地上へ、あるいは冥界へ運ぶ役を引き受けるには、足の速さだけでなく、状況を見抜いて言葉を選ぶ才も要る。
ヘルメスが最も足が速く弁が立つ神として語られてきたのは偶然ではない。
伝令役とは、単に情報を運ぶのではなく、異なる世界のあいだで意味を通す仕事だからである。

ローマ神話メルクリウスとの同一視

ローマ神話では、ヘルメスはメルクリウスに相当し、英語読みではマーキュリーになる。
この対応は、異文化の神同士を重ね合わせるインテルプレタティオ・ロマナの典型例だ。
ローマ側が重視したのは、商業や伝令の機能であり、ギリシャのヘルメスに見られる移動性と媒介性が、そのままローマの商人神像に結びついた。

ヘルメスの名を水星Mercuryやブランド名で先に知った読者は少なくないはずだ。
そこから逆にギリシャ神話の原典へ戻ると、同じ神が「星の名」や「商業の記号」ではなく、境界をまたぐ生身の神格として立ち上がるのが面白い。
ローマ名は入口として便利だが、原典に戻ると、ヘルメスがなぜこれほど多機能なのかが見えやすくなる。

伝令神だけじゃない|ヘルメスが司る7つの領域

ヘルメスは、神々の伝令使という顔だけで語ると見落としが多い神です。
旅人と道、商人と交易、盗賊と狡知、雄弁と通訳、牧畜、そして死者の魂の案内まで司るのは、ばらばらな機能を無理に寄せ集めたからではありません。
国と国、町と町、生者と死者、神と人、その境界をまたいで意味や物を運ぶ存在だと捉えると、これらの領域は一本の線でつながります。

筆者が複数の役割を持つ神を読むときは、いつも「一見バラバラな機能を一本の軸でまとめられないか」を試します。
ヘルメスでは、その軸が境界でした。
現代でも通信、物流、交渉が同じ人や組織に集まりやすいように、古代の行商人も商品だけでなく情報や駆け引きを運んでいたはずで、そこにヘルメスの多機能性がすっと重なります。
道の守護神であることと、冥界への案内者であることは、実は同じ性格の表裏なのです。

伝令・旅・交易を兼ねる理由

ヘルメスが司る領域は、伝令・使者、旅人と道、商人と交易、雄弁と通訳、牧畜まで広がります。
古代ギリシャでは、遠くへ移動することと、価値あるものを運ぶことと、相手と話をまとめることが切り離されていませんでした。
行商人は異国を旅し、商品だけでなく情報も運び、ときに抜け目ない駆け引きも使います。
だからこそ、伝令・旅・交易・雄弁は別々の技能ではなく、境界を越える者の同じ営みとして理解できるのです。

この統一軸を支えるのが、ローマ語源hermeneus(解釈者)から hermeneutics へつながる言語の感覚です。
意味をそのまま相手へ渡すには、単に声を届けるだけでは足りません。
場の差、文化の差、言い回しの差をまたいで、受け取れる形に変換する必要があります。
ヘルメスが雄弁と通訳を守るのは偶然ではなく、「伝える」と「通す」を同時に担う神だからです。
ここに牧畜が入るのも自然で、群れを導き、道を選ばせ、移動を管理する仕事は、旅人や商人の振る舞いと響き合っています。

盗賊と狡知の守護神という顔

盗賊と狡知を同時に守るのは、一見すると矛盾しています。
けれども古代ギリシャ人は、機転や抜け目なさを示すメーティスを、単なる悪徳としては見ませんでした。
状況を読み、相手の出方を外し、必要な一手を先に打つ知恵は、生き延びるための技術でもあったからです。
ヘルメスの狡知は破壊のための暴力ではなく、交渉と生存の知恵として働きます。

『ホメロス讃歌』中の「ヘルメス讃歌」は、その性格をもっとも鮮やかに示します。
生まれたその日にゆりかごを抜け出し、兄アポロンの牛50頭を盗み、亀の甲羅で竪琴リュラを発明し、その竪琴と牛を交換して和解する筋立ては、盗み、創意、交渉がひとつの行為連鎖として並ぶ物語です。
アレスのように力で押し切るのではなく、言葉と工夫で局面を変えるところに、ヘルメスらしさがあります。
盗賊の神というより、抜け道を知る神と呼んだほうが近いでしょう。

死者を導くプシュコポンポスとしての役割

ヘルメスの役割の中でも、死者の魂を冥界へ導く働きは特別です。
これはプシュコポンポス、つまり魂の案内者と呼ばれます。
生と死は最大の境界であり、そこを越えられる神は多くありません。
にもかかわらずヘルメスがその役を担うのは、彼がそもそも境界をまたぐ神だからです。
国境や町境を越える旅人を導く力が、そのまま生者と死者のあいだにも及んでいる、と考えると筋が通ります。

この機能は、後にエジプトの知恵の神トトとの習合、ヘルメス・トリスメギストスへつながる素地にもなりました。
言葉を運び、意味を渡し、境界を越えるという性格は、知恵そのものを媒介する神格へ発展しやすいからです。
死者の案内は単なる冥界の使役ではなく、ヘルメスが「境界の神」であることを最も端的に示す場面です。
道の終点に立つ案内者でありながら、同時に次の世界への入口を開く存在でもあるのです。

翼のサンダルと杖|ヘルメスの象徴を読み解く

ヘルメスを見分けるとき、まず足元と手元を見ると整理しやすいです。
翼のサンダル「タラリア」と、翼を頂く杖「ケリュケイオン」は、神が神々・人間・冥界をまたいで働く存在であることを視覚化しています。
頭の翼のついた帽子「ペタソス」までそろうと、速さと旅、そして媒介と調停という役割が一目で読めるでしょう。

タラリア(翼のサンダル)とペタソス

ヘルメス像や絵で最初に目に入るのが、翼のついたサンダルであることは少なくありません。
タラリア(talaria)は、足そのものに超高速性を与える意匠であり、神々の世界と人間の世界、さらに冥界までを自在に行き来するヘルメスの性格を、もっとも端的に示します。
境界をまたぐ神であるからこそ、その能力は衣装の飾りではなく、移動の要である足元に置かれているのです。

頭にかぶる翼のついた旅人帽ペタソス(petasos)もまた、見逃せない印です。
本来は旅人や農夫の日よけ帽で、そこに翼が加わることで「旅の守護神かつ俊足の使者」というアイデンティティが強調されます。
筆者は美術館や図録でヘルメス像を追うとき、まずサンダルと帽子の有無を確かめますが、この二点を押さえるだけで図像の読み取りがぐっと楽になります。
ゲームやアニメでヘルメスのモチーフを見かけた際にも、翼のサンダルがあるか、帽子が正しく描かれているかをつい確認してしまうのは、古典学徒の職業病のようなものです。

ケリュケイオン(伝令の杖)の意匠と由来

手に持つ杖はケリュケイオンで、ラテン語ではカドゥケウスと呼ばれます。
二匹の蛇が絡み合い、頂部に一対の翼を持つこの杖は、伝令使・使者としての権威を示す道具です。
争う者の間に投げ入れると争いが静まったという伝承もあり、ここには単なる武具ではなく、言葉を運び、緊張をほどく媒介者としてのヘルメス像がよく表れています。

この杖が重要なのは、持つだけで役割が見えるからです。
ケリュケイオンは「速く届く」だけでなく、「届いた先で関係を整える」働きを象徴しており、ヘルメスの機能が移動と交渉の両方にまたがることを示します。
したがって、次章の杖の混同問題に向けても、ここでケリュケイオンが本来は医療ではなく伝令・調停のシンボルだと押さえておく必要があります。

なぜ二匹の蛇なのか

二匹の蛇は、ケリュケイオンの意味をもっとも濃く担う意匠です。
争う二匹の蛇の間にヘルメスが杖を差し入れたところ、蛇が和解して絡みついたという起源譚は、対立するものの間に立って均衡を生む力を物語ります。
蛇が一匹ではなく二匹であることにより、調停という働きが視覚的に伝わり、ヘルメスが単独の力よりも関係の調整に長けた神だとわかるでしょう。

蛇はまた、脱皮による再生や、大地・冥界との結びつきも象徴します。
そこに頂部の翼が組み合わさることで、地上と地下、現世と彼方をまたぐプシュコポンポスとしての性格がいっそう鮮明になります。
二匹の蛇と翼の意匠は、速さ・旅・媒介と調停を一つの図像に圧縮したものです。
ヘルメスの持物は装飾ではなく機能そのものであり、だからこそ杖ひとつから神の役割全体が読み解けるのです。

生まれた日に牛50頭を盗む|ヘルメス誕生の物語

項目内容
名称ヘルメス誕生の物語
典拠『ホメロス讃歌』中の「ヘルメス讃歌」
核心生後その日に牛50頭を盗み、竪琴を発明し、アポロンと和解する
性格の要点狡知、創意、交渉を一つにまとめた知恵者としてのヘルメス

ヘルメスの誕生神話は、『ホメロス讃歌』中の「ヘルメス讃歌」で語られる代表的な物語です。
生まれたその日にゆりかごを抜け出し、アポロンの牛50頭を盗んだうえで、亀の甲羅から竪琴リュラを発明するという展開は、神話上の早熟さをそのまま見せています。
ここでは単なる悪戯ではなく、盗み・発明・交渉が一続きの知性として描かれている点が要です。

ゆりかごを抜け出した初日

「ヘルメス讃歌」の面白さは、誕生の直後から神の性格が一気に立ち上がるところにあります。
ヘルメスは生後その日にゆりかごを抜け出し、異母兄アポロンが飼う牛の群れへ向かっていきます。
しかも盗んだのは50頭で、数の具体性まで含めて、すでに物語の規模感が際立っています。

初日の行動としては常識外れですが、そこにこそこの神の本質があります。
力で押し切るのではなく、機転と段取りで状況を動かしていく。
原文を初めて読んだとき、生後数日の神が淡々と完全犯罪をやってのけるユーモアに引き込まれた、という読書体験は忘れがたいものです。
しかもこの早熟さが、その後のヘルメス像の土台になるのです。

竪琴の発明とアポロンとの取引

盗みの途中でヘルメスが見つけるのが、道ばたの亀の甲羅です。
そこに牛の腸の筋を張って竪琴リュラを発明する場面は、神話の中でもとりわけ創意のきらめきが強いところでしょう。
破壊や略奪だけでなく、身近な素材から新しい音を生み出す発想が、すでにここで示されています。

やがて牛泥棒を見抜いたアポロンと対峙すると、ヘルメスはその竪琴の音色を披露します。
奪い合いで終わらず、「発明して差し出す」ことで関係を組み替える展開に、ギリシャ的な知恵の価値観がよく表れています。
アポロンは美しい音に魅了され、竪琴と牛を交換することに同意し、両者は和解します。
ここでヘルメスは、ただの盗賊ではなく、交渉によって場を収める神として立ち上がるのです。

この物語が示すヘルメスの本質

この誕生譚が凝縮しているのは、狡知、創意、交渉というヘルメスの三本柱です。
足跡を逆向きにして証拠を隠す巧妙さは、追跡そのものを成立しにくくする知恵の象徴であり、後世に語られる盗賊・狡知の守護神という性格の原点にもなっています。
けれども、そこで終わらないのがヘルメスらしさです。

亀の甲羅からリュラを生み、アポロンとの取引で和解へ持ち込む。
この流れを見ると、ヘルメスは混乱を広げる存在というより、争いを取引と発明で解決する知恵者として描かれているとわかります。
だからこそ、この物語は単なる悪戯譚ではなく、ギリシャ神話の中で知性がどのように評価されたかを示す重要な一篇なのです。

神話での活躍|ヘルメスが動かした名場面

ヘルメスは、主役として剣を振るう神というより、物語の節目で決定打を差し出す媒介者として神話を動かします。
百眼の巨人アルゴス退治、ペルセウスへの翼のサンダルの貸与、『オデュッセイア』での薬草モーリュの授与、そしてパンドラへの関与は、その性格をよく示しています。
読み進めるほど、ヘルメスは「前に出る神」ではなく、事態を進めるための言葉と道具を届かせる神だと見えてきます。

百眼の巨人アルゴス退治

ヘルメスの名を最も強く印象づけるのが、百眼の巨人アルゴス・パノプテス退治です。
ゼウスに命じられ、牛に変えられた女イオを見張るアルゴスに対して、ヘルメスは力押しではなく、話術と笛で全ての眼を眠らせてから討ち取りました。
ここには、相手を真正面からねじ伏せるのではなく、状況そのものを変えてしまう知略がある。
アルゴス殺し(アルゲイポンテス)という称号がホメロスの叙事詩で常套的な異名として定着したのも、単なる武勇ではなく、機転と決断の神であることを際立たせるためでしょう。
筆者もギリシャ神話を読み込むほど、この「眠らせてから討つ」手順にヘルメスらしさが凝縮されていると感じるようになりました。

英雄を助ける媒介者

ペルセウスがメドゥーサを討つ場面でも、ヘルメスは前線に立つ英雄ではなく、勝利を成立させる側に回ります。
翼のサンダル、あるいは飛行の手段を貸し与えることで、怪物退治に必要な「移動」と「機転」を整えたのです。
オデュッセウスが魔女キルケに遭遇した『オデュッセイア』でも役回りは同じで、部下を豚に変えられた危機の中へ、魔法を無効化する薬草モーリュを授けます。
結果としてオデュッセウスはキルケの魔法を退け、危機を脱する。
ヘルメスは、自ら戦果を独占するより、英雄が踏み出すための条件を差し出す神である。
ここを押さえると、彼が旅人や境界の守り手である理由も見えやすくなります。

パンドラへの関与

ヘルメスの媒介性は、救済だけでなく人間世界の性質を形づくる場面にも及びます。
人類最初の女性パンドラの創造に関与し、彼女に言葉や狡知を吹き込んだとされる伝承は、その好例です。
言葉は人を結びつける力であると同時に、欺きや駆け引きを生む力でもある。
ヘルメスはその両義性を人間にもたらした神として描かれています。
善悪のどちらにも振れうる「言葉と機転」を世界へ流し込む存在だからこそ、神々の使者であり、商業や盗みの守護者でもあるという多面的な像がつながってくるのです。

ヘルメスの子どもたち|才能を継いだ系譜

ヘルメスの子どもたちは、父が持つ狡知、境界性、牧畜の性格をそれぞれ別の形で受け継いでいます。
神話の系譜は単なる親子関係の記録ではなく、神の働きが人間世界でどう分岐し、変奏されるかを示す装置なのです。
子にどの機能が濃く現れるかをたどると、ヘルメスという神の輪郭がいっそう立体的に見えてきます。

牧神パン

ヘルメスの子として特に名高いのが牧神パンです。
山羊の脚と角を持つこの神は、牧畜と野生のあわいに立つ存在で、ヘルメス自身が持つ牧畜の守護者としての性格とよく響き合います。
人里と野、飼いならされた家畜と制御しきれない自然。
その境界をまたぐ神としてパンを読むと、父ヘルメスの「境をまたぐ力」が子に濃く現れていることが分かります。

パンがヘルメスの子とされる伝承は、単に奇抜な家系の話ではありません。
羊飼いが頼るのは力任せの支配ではなく、群れを導きながら外敵や迷いを避ける機転ですから、そこにはすでにヘルメス的な知恵が働いている。
おすすめなのは、パンの山羊の姿を見たときに、粗野さだけでなく「境界を見張る神」として眺めてみてください。
自然の荒々しさの中に秩序を通す役割が、父子で重なります。

ヘルマプロディトス

ヘルマプロディトスは、ヘルメスとアプロディテの名を合わせた美少年で、その名自体が父母の結びつきを示しています。
水浴の最中にニンフ・サルマキスと強く望まれて体が一つに結合し、男女両方の特徴を持つ存在となったことで、両性具有の語源として語られる人物です。
ここで重要なのは、ヘルメスが持つ移動性や境界性が、身体のかたちそのものへと拡張されている点でしょう。

ヘルマプロディトスの物語は、単に「男と女が混じる珍しい神話」ではなく、神々の性質が人間の肉体や欲望のあり方にどう刻まれるかを示します。
ヘルメスの流動性とアプロディテの魅惑が交わることで、境界は外側の地理だけでなく、身体内部にも生まれるのです。
そう考えると、ヘルマプロディトスは異質な存在というより、二つの神性が接触したときに現れる極限のかたちだと読めます。
こうした見方を取ると、神話は突然奇異な話ではなく、機能の組み合わせとして腑に落ちてきます。

大盗賊アウトリュコスとオデュッセウスへの血脈

大盗賊アウトリュコスもヘルメスの子とされ、父譲りの狡知で知られます。
盗んだものを姿を変えて見破られなくする能力を持っていたと語られ、さらにアルゴナウタイの遠征にも加わった伝説的な人物です。
ここでは、ヘルメスの機能のうち、とりわけ「欺くがゆえに生き延びる知恵」が前景化している。
神の子は必ずしも清廉な英雄ではなく、狡猾さを武器にする者として現れるのが面白いところです。

このアウトリュコスの血脈は、英雄オデュッセウスへとつながります。
アウトリュコスはオデュッセウスの母方の祖父にあたり、オデュッセウスの代名詞である「知略・狡知」は、ヘルメス由来の家系的才能として読むことができます。
筆者が神々の系譜をたどるときに面白いと感じるのは、子に親のどの「機能」が受け継がれているかを見るだけで、神話全体の構造が立体的になることです。
オデュッセウスの狡知をヘルメスの曾孫の才能として読み直すと、『オデュッセイア』でヘルメスが登場する場面の意味も、一段深く感じられるはずです。

ヘルメスの子孫に共通するのは、狡知、牧畜、境界性といった父の特性が、別々の方向へ枝分かれしながら残っていることです。
神話における系譜は家系図のためにあるのではなく、神の機能が人間世界へどう受け継がれるかを描くためにある。
そこを押さえると、子どもたちの物語は互いにばらばらではなく、ひとつの神性の変奏として見えてきます。

ケリュケイオンとアスクレピオスの杖|よくある混同

病院や薬局のロゴで蛇が絡む杖を見かけると、同じモチーフに見えても実は二系統あることに気づきます。
ヘルメスのケリュケイオン(カドゥケウス)は蛇2匹と頂部の翼、医神アスクレピオスの杖は蛇1匹で翼なしです。
医療・治癒の正しい象徴として整理すべきなのは後者で、ここを取り違えると、見た目の印象だけで意味を読み違えてしまいます。
日本の病院や薬局のロゴを眺めていると、この混在は思った以上に目立ちます。

二つの杖の見分け方

見分け方は単純で、ケリュケイオンは蛇2匹+翼、アスクレピオスの杖は蛇1匹のみで翼がありません。
前者は伝令神ヘルメスに結びつく記号で、後者は治癒神アスクレピオスに由来するため、医療の場で本来選ばれるべきなのはアスクレピオスの杖です。
海外の医療系シンボルを追っていくと、機関ごとに蛇の数が違うことに最初に戸惑いますが、その差を押さえるだけで図像の意味が一気に読みやすくなります。

項目ケリュケイオン(カドゥケウス)アスクレピオスの杖
蛇の数2匹1匹
頂部翼あり翼なし
由来ヘルメスアスクレピオス
医療シンボルとしての正統性ないある

医療シンボル取り違えの歴史

この混同が広まった契機として語られるのが、米陸軍医療部隊(U.S. Army Medical Corps)が1902年7月17日にカドゥケウスを部隊の徽章として正式採用した出来事です。
提案者が二つの杖の違いを取り違えていたと伝えられており、そこからアメリカで「医療=カドゥケウス」という見え方が強まりました。
記号の誤用は、たった一度の採用でも長く残るのだと分かる典型例です。

現在、世界保健機関(WHO)や米国医師会(AMA)が正式に用いているのは、蛇1匹のアスクレピオスの杖です。
商業ロゴでは見栄えのよさからカドゥケイオン型が使われ続けていますが、意味を正確に押さえるなら「医療の正統なシンボルはアスクレピオスの杖」と覚えておくのがおすすめです。
医療現場の表示を見直すときにも、この基準が役立ちます。

ブランド『エルメス』との関係

高級ブランド『エルメス』は、神ヘルメスの名そのものではなく創業者の姓に由来します。
したがって、ブランド名と神話上のヘルメスを直結させるのは早計です。
もっとも、馬具工房から始まった歴史と、旅や移動をつかさどる神ヘルメスのイメージが重なって見えるのは自然でしょう。

ここで押さえたいのは、名前の響きと図像の意味は別だという点です。
ブランドのロゴや商品意匠を眺めるときも、神話由来の記号と企業の家名を切り分けて考えると、混同が減ります。
こうした見分け方を一度身につけておくと、街中のマークを見るのが少し楽しくなります。
試してみてください。

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柊 瑛太

西洋古典学を専攻し、ギリシャ・北欧・ケルト神話の原典講読を続ける神話研究家。比較神話学の視点で神話間の共通構造を分析する記事を得意とします。

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