比較神話学

世界の精霊・妖精7神話を比較|ニンフとエルフの違い

精霊と妖精は、ギリシャのニンフ、北欧のアールヴ、ケルトのアシー、日本の八百万の神までを一括して語るときに現れる、もっともやっかいな近縁概念です。
ゲームや翻訳ファンタジーで「エルフ=小さく可憐な妖精」に慣れていた目で散文エッダを開くと、「太陽より美しい」と描かれる半神格の姿に出会い、現代像との落差に驚かされます。
中世イングランドでは elf と fairy が混用され、16世紀にはほぼ同義の言葉として扱われましたが、ルネサンス期にパラケルススが四大精霊を体系化したことで、各地の自然霊は『精霊』という一つの枠へ押し込まれていきました。
だからこそ本記事では、住処・性質・人間との距離・神格度・原典の5軸で並べ直し、同じように見える存在が神話ごとに別物であることを、原典名まで追って確かめてみてください。

結論:7神話の精霊・妖精ひと目比較表

精霊や妖精を一括りに見ると混乱しやすいですが、神話ごとに出自も役割もかなり違います。
創作や読み比べでつまずきやすいのは、同じ「妖精」という日本語が、ギリシャのニンフ、北欧のエルフ、ケルトのシー、さらに日本やスラヴの自然霊までまとめて覆ってしまうからです。
そこで最初に全体像を押さえ、次に7系統を同じ物差しで並べると、違いが一気に見えてきます。

こんな疑問の人はここを読む

「ニンフとエルフの違いだけ知りたい」という人は、まずギリシャと北欧の章を読むと整理しやすいです。
創作の設定を組みたいなら、住処・性質・人間との距離という3軸で見比べると、どの系統を混ぜると何が変わるのかが掴めます。
日本の神と妖怪の境目が気になるなら、日本・スラヴ・ペルシア/イスラムの章が役に立つでしょう。
筆者自身、複数の翻訳作品で nymph も fairy も elf もまとめて「妖精」と訳されているのを見て混乱し、原語に立ち返って初めて別系統だと腑に落ちましたし、創作仲間に「精霊と妖精ってどう違うの」と聞かれて即答できず、自作の比較表を作ったのがこの早見の原型です。

7神話 統一フォーマット比較表

本記事で扱う「精霊・妖精」は、神々のうち主神級と、人間のあいだにある超自然的存在を広く含みます。
自然や場所に結びついた半神・霊的存在を中心に見て、ドラゴンや巨人のような怪物系は外します。
7系統を並べる理由もここにあります。
ギリシャ・北欧・ケルトという西欧の3系統に、日本のアニミズム、家・森・水で分かれるスラヴ、第三の種族という独自概念を持つペルシア/イスラム、そして後世に四大精霊として統合した西洋エソテリックを加えると、自然霊の発想の幅が最もはっきり見えるからです。

神話系統代表的呼称主な住処性質/役割人間との距離主な原典
ギリシャニンフ、ナイアス、ドリュアス、オレイアス、ネレイス、メリアイ、ハマドリュアス泉・川・森・山・海・樹木自然そのものが女性として立ち現れた下級女神近いが、聖域や自然の場所に結びつくホメロス、ヘシオドス系
北欧アールヴ、リョースアールヴ、デックアールヴアールヴヘイム、地中豊穣に関わる半神格、光と闇に分かれる神々に近く、可憐な妖精像とは別物13世紀の散文エッダ
ケルトアシー、シー、トゥアハ・デ・ダナーン塚(sídhe)の地下、異界旧神族の後裔として語られる異界寄りで、人間社会に干渉するアイルランド伝承、スコットランド伝承
日本八百万の神、神、妖怪森羅万象、土地、家、川、山アニミズム型で境界が流動的関係性しだいで近くも遠くもなる古事記、日本書紀
スラヴドモヴォイ、レーシー、ルサルカ、ヴィーラ家、森、水辺領域別に精霊が分かれる生活圏のすぐそばにいるスラヴ伝承
ペルシア/イスラムジン地・風・火・水、または人間世界と重なる領域天使・人間と並ぶ第三の存在近いが、人間とは異なる秩序を持つコーラン、魔術書
西洋エソテリックノーム、ウンディーネ、シルフ、サラマンダー地、水、風、火後付けで自然霊を四元素に整理した体系概念として整理され、人間との距離は抽象的パラケルスス以後の体系

ギリシャのニンフは、山・川・木・海ごとにナイアス、ドリュアス、オレイアス、ネレイス、メリアイへと分かれ、さらに特定の木と生死を共にするハマドリュアスまでいます。
つまり「自然の精霊」と言っても、どの自然に宿るのかで別の存在として扱われるわけです。
ホメロスでは不死に近い扱いが見え、ヘシオドス系では「不死ではないが極めて長命」とされるため、時間感覚まで一枚岩ではありません。
北欧のアールヴも同様で、13世紀の散文エッダではアールヴヘイムに住む光のエルフと、地中に住む闇のエルフに二分されますが、この分類は写本依存が強く、現代の可憐な妖精像とはかなり距離があります。

比較表を読むときの3つの注意点

まず、「精霊」「妖精」「下級神」は日本語の訳語であって、原語の範囲とぴたり一致するわけではありません。
nymph、elf、fairy、シー、ジンは、それぞれ出自も社会的位置づけも違い、同じ棚に置くと便利な反面、意味はずれます。
次に、同じ神話内でも時代や地域で像が変わります。
ケルトのシーを善悪で分けるシーリー/アンシーリー宮廷の枠組みは主にスコットランド由来で、アイルランド伝承の最初からあるわけではありません。
最後に、現代のファンタジー像は複数神話の合成です。
中世イングランドで elf と fairy が同義化し、さらにパラケルススが地水火風の四大精霊としてノーム、ウンディーネ、シルフ、サラマンダーを体系化したため、異なる自然霊が一つのイメージへ吸い寄せられました。
fairy がラテン語 fata に遡り、もともと「運命を司る存在」を含んでいた点も、この混交を理解する手がかりになります。

ギリシャ神話のニンフ:自然そのものが擬人化した下級女神

ニンフは、オリュンポスの主神より格下に置かれる下級女神で、山や川、樹木、海といった自然の地形や要素が、美しい女性の姿をとって現れた存在です。
神に従属しながらも、その土地や水流、一本の木そのものを体現するため、単なる「精霊」や「妖精」とは性格が違います。
『イリアス』『オデュッセイア』を原語で読んでいくと、ニンフが各地に偏在し、英雄の旅の節目ごとに顔を出すことが見えてきます。
美術館で泉や木に寄り添う女性像を目にしたときも、住処と一体の存在であることが視覚的に腑に落ちました。

住処で分かれる5系統のニンフ

ニンフの基本は、「どこに宿るか」がそのまま種の名前になる点にあります。
泉・川・井戸のナイアス、森・樫のドリュアス、山のオレイアス、海のネレイス、トネリコのメリアイへと細分され、自然物ごとに役割と呼称が割り当てられるのです。
とくにネレイスは海神ネレウスの娘50柱として知られ、数の多さそのものが海の広がりを思わせます。
ニンフを体系で見ると、自然がそのまま人格を帯びた分類学になっていると分かるでしょう。

系統宿る場所位置づけ補足
ナイアス泉・川・井戸水のニンフ流れと湧出を体現する
ドリュアス森・樫木立のニンフ森林の生命力と結びつく
オレイアス山のニンフ斜面や岩場の気配を帯びる
ネレイス海のニンフネレウスの娘50柱として語られる
メリアイトネリコ樹木のニンフ木種ごとの細分化を示す

この分類で重要なのは、ニンフが抽象的な「自然霊」ではなく、土地の個性そのものとして理解されていたことです。
川には川の、山には山の気配があり、その気配が女性像として立ち上がる。
だからこそ後世のエルフや妖精の総称よりも、はるかに地理と結びついた具体性を持つのです。

木と運命を共にするハマドリュアス

ドリュアスの中でも、特定の一本の木と生死を共にするのがハマドリュアスです。
その木が枯れれば彼女も死ぬという設定は、ニンフが自然を「守る存在」ではなく、自然そのものとして生きていることを最も端的に示します。
木と女神が切り離せないので、伐採や枯死は単なる環境の変化ではなく、ひとつの命の終わりになるわけです。
ここに、擬人化の核心があります。

この点は、後章で扱う半神格エルフとの対比にも使いやすいでしょう。
エルフが比較的独立した種として語られるのに対し、ハマドリュアスは寄り木の運命から逃れられません。
自然と人格が一対一で結ばれるため、読者は「木を守る女神」ではなく「木として生きる女神」として理解するとはずです。
おすすめです。

ℹ️ Note

ニンフを描く絵画や彫像では、泉のほとり、幹の根元、岩陰といった配置が繰り返されます。住処に寄り添う姿勢そのものが、神話の意味をそのまま造形に移したものだからです。

不死か長命か:古典で割れるニンフの寿命

ニンフの寿命は一枚岩ではありません。
ホメロスはニンフを不死として扱うのに対し、ヘシオドス系の詩では「不死ではないが極めて長命」とする見方が出てきます。
この差は単なる矛盾ではなく、神話が一つの固定した教義ではなく、語りの伝統ごとに幅を持つことを示しています。
原典主義で読むなら、どちらか一方に統一するより、古典ごとの語法の違いをそのまま受け取るほうが自然です。

さらに細かく見ると、年長のオケアニスやネレイスは不死の女神級、若い木の精は寿命ありというように、系統によって生死の扱いが分かれます。
海のニンフが大きな神格に近いのに対し、木の精は一本の樹木と運命を共有するため、存在の重さがまったく異なるのです。
『オデュッセイア』の原語講読で、ニンフが英雄の旅路の節目ごとに現れることに気づくと、彼女たちが単なる背景ではなく、誘惑・庇護・変身譚を動かす役割を担っていると見えてきます。
読者が作品でニンフに出会ったときも、まずこの二段構造、つまり住処による分類と寿命の揺れから押さえると理解が進むでしょう。

北欧神話のエルフ(アールヴ):妖精より神に近い存在

名称位置づけ主な特徴典拠
アールヴ北欧神話の小神族自然と豊穣を司り、神々と並んで語られる散文エッダ
リョースアールヴ光のエルフアールヴヘイムに住み、「太陽より美しい」とされる散文エッダ
デックアールヴ闇のエルフ地中に住むとされ、ドヴェルグとの境界が曖昧散文エッダ

北欧神話のアールヴは、現代の「小さく可憐な妖精」とはかなり違う。
原典では自然と豊穣を司る小神族で、神々と並べて語られることが多く、むしろ「妖精」より「下級の神々」に近い存在として見たほうが輪郭がはっきりします。
ファンタジーゲームの弓使いの長命種族として親しんでいた像を、散文エッダで読み直したときに揺さぶられるのは、その格の違いに気づくからでしょう。

光のエルフと闇のエルフ

光のエルフ、リョースアールヴと闇のエルフ、デックアールヴの対比は、住む場所と見た目の双方で整理されています。
前者はアールヴヘイムに住み、「太陽より美しい」と描かれるのに対し、後者は地中に住むとされます。
この構造は、住処によって性格づけられるギリシャ神話の精霊を思わせますが、北欧神話では美醜だけでなく、神々との距離感そのものが違うのです。

翻訳でエルフ、妖精、小人が訳し分けられず混ざっていた版を読むと、原語のアールヴとドヴェルグの境界がどれほど曖昧に受け取られてきたかが見えてきます。
弓を射る長命の種族という印象だけでは、北欧の原典世界は捉えきれない。
住処の違いに注目すると、分類の背後にある世界観が立ち上がってきます。

豊穣を司る半神としてのアールヴ

アールヴを理解するうえで最も重要なのは、彼らが農耕や実りの領域に深く結びついている点です。
光のエルフは豊穣神フレイと結びつき、土地を実らせる生命力の側に位置づけられます。
ここには、森や泉に宿る「自然そのもの」のニンフとも、敗れた神族として語られるケルト妖精とも違う、北欧独自の神性の置き方が見えます。
自然に溶けるのではなく、自然を豊かにする側に立つのです。

筆者もゲーム的なエルフ像に慣れてから散文エッダを読むまで、この連関には気づきませんでした。
だがフレイと並べて読むと、アールヴは弓を持つ幻想種ではなく、収穫と生殖力を支える半神的存在として立ち上がる。
古代の農耕社会にとって、それは単なる美的存在ではなく、生活の循環を左右する力だったのでしょう。

闇のエルフは小人と同じ?学説の議論

ただし、この分類をそのまま固定的な神話体系として受け取るのは危うい。
光/闇エルフの2分類は、スノッリ・ストゥルルソンが13世紀に著した散文エッダにほぼ唯一記録されたもので、スノッリ自身の整理なのか、より古い伝承の反映なのかは断定できません。
1つの写本に依存する知識である以上、断言よりも慎重な読み方が求められます。

とりわけ闇のエルフは、小人ドヴェルグとの境界が曖昧です。
地中に住むという記述から、闇のエルフは小人の別名ではないかと考える研究者もおり、ジョン・リンドウらがその論点を示しています。
神話の分類は思いのほか揺らぎやすい。
だからこそ、アールヴを「妖精」とひとことで片づけず、原典の不安定さごと受け止めてみてください。

ケルト神話の妖精(アシー):地下に退いた旧神族

多くのゲール語伝承で、アシー(aos sí)は女神ダヌの一族トゥアハ・デ・ダナーンの後裔とされます。
かつて神々だった存在が、敗北ののちに妖精へ姿を変えたという筋立ては、自然霊や小妖精とは違う、より歴史を背負った起源を与えているのです。
だからこそアシーは、かわいらしい精霊というより、土地の記憶と結びついた旧神族として理解した方がすっきりします。

敗れた神族が妖精になった

トゥアハ・デ・ダナーンは、イベリア由来とされるミレシア人、ミルの息子たちに敗れたのち、地上を明け渡して地下へ退いたと語られます。
ここで重要なのは、単に「隠れた」のではなく、降伏の条件として塚に住まう存在へ組み替えられた点です。
妖精が「負けて隠れた先住者」として想像されると、人間の側から見ると親しいのに、なお警戒を要する相手になる。
祝福も災いも与えうる曖昧さは、この敗北神話に根を持っています。

この系譜は、アシーをニンフのような自然の擬人化とも、半神的なエルフとも少し違う位置に置きます。
神でありながら地上の主役ではなくなった存在、しかも姿を消しきったわけではない存在として残るからです。
筆者がアイルランドの妖精伝承を読み比べたときも、この「滅び切らない旧神」という感触は強く、神話が敗者の記憶をどう保存するかを考えさせられました.

塚と異界

sídhe の塚は、単なる古墳状の地形ではなく、異界への入口として扱われます。
そこから先の異界は、永遠の若さ、美、豊かさ、喜びに満ちた超自然の領域で、人間世界の延長線上にもう一つの文明があるかのように描かれます。
土地に立つ塚がそのまま境界になるため、妖精は抽象概念ではなく、具体的な地理に根ざした存在として立ち上がるのです。

現地で古墳状の塚を見たとき、妖精が「どこか遠い森の中」にいるのではなく、足元の土地に潜んでいるという感覚がよくわかります。
異界は遠景ではなく、こちら側のすぐ隣にある。
だからこそ、アシーは気まぐれに人を連れ去ることもあるし、贈り物のように富や収穫をもたらすこともあるのです。
おすすめです、というより、この地続きの怖さと魅力こそがケルト伝承の核心でしょう。

シーリー宮廷とアンシーリー宮廷の誤解

善のシーリー宮廷と悪のアンシーリー宮廷という二分は、アイルランド伝承の原型ではなく、スコットランド由来の枠組みです。
ゲール語圏の古い語りに、善悪がきれいに整理された宮廷物語が最初からあるわけではありません。
筆者も出典を確認していく中で、この区分が英語圏で一般化した後世の理解だと知り、名前だけで伝承をわかった気になる危うさを再認識しました。

原典主義の立場に立てば、ここで大切なのは「宮廷」という見取り図をそのままアイルランド全体へ広げないことです。
妖精は道徳劇の配役ではなく、土地と境界をめぐる存在であり、こちらの都合で善悪に整理しきれません。
アシーの像を正確に見るには、ポップカルチャーで広まった区分をいったん脇に置き、伝承の層をそのまま読む姿勢が要ります。

アシーには、堕天使の末裔だとする別系統の起源説もあります。
地獄に落とすほどの罪ではなかった天使たちが、天と地のあいだに取り残されて妖精になったという説明で、キリスト教化の過程で既存の妖精像が再解釈されたことを示します。
神話は固定した真理ではなく、時代ごとに塗り替えられる物語だと、この説はよく伝えているのです。

日本・スラヴ・ペルシアの自然霊:八百万の神から精霊・妖怪まで

項目 要点
日本 森羅万象に神性が宿る八百万の神。
木霊や山の神を含み、神と妖怪の境界が連続する。
スラヴ 家・森・水・雲・山などの領域ごとに精霊が分かれ、日常空間に強く入り込む。
ペルシア/イスラム ジンとペリは人間・天使とは別の第三の存在として語られ、四元素的に整理されることもある。

西欧の精霊が「自然の中に棲む存在」として語られやすいのに対し、日本・スラヴ・ペルシア/イスラムの自然霊は、自然そのもの、住まいそのもの、あるいは人と並ぶ存在として捉えられる点が際立ちます。
国内外の博物館や遺跡を巡ると、その違いは図像よりも空気感に現れました。
木に神が宿るのか、木そのものが精霊なのか。
その差を押さえると、各文化が世界をどう区切っていたかが見えてきます。

日本:森羅万象に宿る八百万の神

八百万の神は、森羅万象に神性が宿ると考えるアニミズム的な自然崇拝です。
山や海、個々の樹木にまで神が宿るという発想は、縄文期に遡るとも言われ、自然を「舞台」ではなく「主体」として扱います。
神社の御神木に向き合うと、その感覚は西欧のドリュアス信仰にも通じますが、日本では木の中に神がいるというより、木そのものが神の現れとして立ち上がるのが要点でしょう。

比較軸 日本 西欧の精霊観
自然の捉え方 自然そのものに神性が宿る 自然に住む特定の存在がいる
木の位置づけ 御神木として神の顕れになる 木に棲む精霊として把握されやすい
起源の深さ 縄文期に遡るとも言われる 体系は神話ごとに異なる

さらに日本では、神と妖怪の境界が連続的です。
木霊のような自然霊から、畏れの対象である妖怪までを明確に切り分けず、敬われれば神、祟れば妖怪として立場が動きます。
善悪二分でケルト宮廷とは対照的で、関係性によって呼び名が変わる構造だと見ると分かりやすいでしょう。

スラヴ:家・森・水を守る精霊たち

スラヴの精霊は、住処ごとに整理すると輪郭が見えます。
家を守るドモヴォイ、森のレーシー、川のルサルカ、雲・山・水に住むヴィーラがそれで、生活の場面にぴたりと結びついているのが特徴です。
レーシーは苔の髪と光る目で旅人を惑わせ、ルサルカは多くが死者由来で危険だとされます。
ヴィーラは白衣の美しい有翼の精として語られ、同じ自然霊でも気配が大きく異なります。

精霊 領域 性格・特徴
ドモヴォイ 家を守る守護霊
レーシー 苔の髪と光る目で旅人を惑わす
ルサルカ 多くは死者由来で危険
ヴィーラ 雲・山・水 白衣の美しい有翼の精

スラヴ圏の民話に触れると、家の守護霊がいるという発想自体が、西欧神話の枠に収まりきらないと感じます。
森や水だけでなく、日常の家屋にも精霊がいるため、人は境界の内側で暮らしていてもなお、見えない存在に囲まれているわけです。
住処で精霊が分かれる点はギリシャと似ていますが、家そのものが霊的な場になるところに独自性があります。
こちらもおすすめです。
実感としては、境界線よりも共存の密度が前面に出る体系だと言えるでしょう。

ペルシア/イスラム:ジンとペリという第三の種族

ペルシア/イスラムのジンとペリは、天使・人間と並ぶ第三の存在として理解すると見通しがよくなります。
ジンは道徳的に中立か曖昧な不可視の存在で、魔術書では地・風・火(イフリート)・水(マリード)の四元素に対応づけて分類されました。
ここでは自然霊が単なる「雰囲気」ではなく、宇宙の構成原理に沿って整理されている点が重要です。

存在 位置づけ 関連づけ
ジン 第三の不可視の存在 地・風・火(イフリート)・水(マリード)
ペリ 美と結びつく有翼の存在 悪魔的なディーヴと対比される

ペリは、美しさと結びつく点でジンとは異なり、悪魔的なディーヴと対比されます。
スラヴの説話やペルシアの説話に触れると、家の守護霊や第三の種族という概念が、西欧神話の外側にあるのではなく、そもそも人間世界の近くで生まれた想像力だと分かってきました。
人と並ぶ存在としてのジン、人の家に棲むドモヴォイ、祈りの対象になる日本の神。
3系統に共通するのは、人間との距離の近さです。
ここを押さえると、自然霊の比較がぐっと立体的になります。

なぜ混同される?呼称のズレと四大精霊という後付けの体系

elf と fairy が混同される背景には、英語圏で呼称そのものが歴史の途中で重なった事情があります。
中世イングランドでは elf と fairy が同じ意味で使われ始め、16世紀には日常語としてほぼ交換可能になりました。
北欧由来のエルフと、ケルト・ロマンス圏のフェアリーが英語の中で合流したため、現代の訳語も揺れやすいのです。
さらに四大精霊は、古い神話がそのまま伝わったものではなく、16世紀にパラケルススが整理した後付けの体系でした。

elf と fairy はいつ同じになったか

英語の古い文献を追っていくと、elf と fairy が無造作に混用されている場面にしばしば出会います。
そこから見えてくるのは、現代の「エルフ」「妖精」「精霊」という訳語の混乱が、単なる翻訳ミスではなく、英語圏内部での語の合流に根を持つという事実です。
中世イングランドで elf と fairy が同義化し、16世紀には日常語のレベルでほぼ置き換え可能になった以上、日本語側で一対一対応を求めるほうがむしろ無理があります。

この合流は、由来の異なる存在像が英語の中で同じ棚に並べられていった過程でもあります。
北欧のエルフは、もともと神々に近い系譜を持つ精霊的存在として語られましたが、フェアリーは別の語源圏から入ってきました。
結果として、呼び名は一つに寄っても、元の想像力は一枚岩ではない。
ここを押さえるだけで、後世のファンタジー作品に出てくる「エルフ」と「妖精」の揺れ方が見やすくなります。

『妖精』の語源は『運命』だった

fairy は古フランス語 faerie を経て、ラテン語 fata に由来します。
fata は「運命」を意味し、fatum の女性形です。
つまり、語源の出発点は可憐な小人でも羽の生えた愛らしい存在でもなく、むしろ人の生死や巡り合わせを左右する力に近かったわけです。
現代の柔らかな妖精像との落差は大きく、そこが語源を読むうえでの面白さでもあります。

この点は、単なる語の由来話で終わりません。
妖精が「自然の中にふっと現れて、人間の運命に触れる存在」として想像されやすい理由を、語そのものがすでに含んでいるからです。
英語の fairy を見たとき、可愛らしさだけで理解すると入口を見誤ります。
運命を司る気配を帯びた名だった、と受け取ると、妖精譚にある不穏さや気まぐれさも腑に落ちてくるでしょう。

四大精霊は神話ではなく錬金術の発明

ファンタジー作品でノーム、ウンディーネ、シルフ、サラマンダーが「古代神話の四大精霊」のように扱われているのを目にすると、意外に感じるはずです。
実際には、これはパラケルススが16世紀に体系化した枠組みで、地=ノーム、水=ウンディーネ、風=シルフ、火=サラマンダーを古代の四大元素に対応させたものです。
ばらばらに語られていた自然霊を一つの表に整理する、いわば統合装置として働いたと考えるとわかりやすいでしょう。

しかも、四大精霊は神話伝承そのものではありません。
関連著作が1566年に刊行されたこの体系は、古代ギリシャや北欧神話に直接つながるわけではなく、ルネサンス期の思考が生んだ整理法です。
原典主義の立場から見れば、ここを曖昧にすると創作上の見取り図が崩れます。
神話由来としてではなく、ルネサンスの発明として区別しておけば、各自然霊の性格も住処も、神格度の違いも、より正確に扱えるはずです。
混同は歴史の合流の産物であり、原語と原典に立ち返るほど、それぞれの発想の独自性が立ち上がってきます。

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柊 瑛太

西洋古典学を専攻し、ギリシャ・北欧・ケルト神話の原典講読を続ける神話研究家。比較神話学の視点で神話間の共通構造を分析する記事を得意とします。

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