比較神話学

フェアリーとは|妖精の伝承と特徴を解説

フェアリーとは、ラテン語の fatum(運命・神託)に語源を持ち、fatare(魔法をかける)から Fay、Fay-erie を経て形づくられた、神でも人でもない「異界の隣人」である。
ティンカー・ベルのような羽の小人は19世紀ヴィクトリア朝以降に定着した像にすぎず、原典の妖精は気まぐれで、時に危険な両義的存在として語られてきました。
筆者がイェイツ編『ケルト幻想物語』を西洋古典学の余暇に読み解いたときも、川辺で泣くバンシーや黒馬ケルピーの不気味さは、可憐な想像を鮮やかに裏切るものだったのです。
だからこそ、妖精を「かわいい存在」として覚えるのではなく、ケルト世界の死生観と結びついた伝承として捉え直す視点が要ります。

フェアリーとは何か|語源と『運命』に由来する名前

フェアリーは、羽のある可愛い小人としてだけ理解すると、原典の姿を見誤ります。
語源はラテン語の fatum(運命・神託)にあり、fatare から Fay を経て Fairy へつながる名前そのものが、運命を左右する力を暗示しています。
しかも狭義のフェアリーは、イングランド・スコットランド・アイルランド・ウェールズに伝わる異界の存在で、神でも人でもない中間者として語られてきました。

『運命』を意味するラテン語が語源

フェアリーの語源をたどると、ラテン語の fatum(運命・神託)に行き着きます。
そこから fatare(魔法をかける)が派生し、フェイ(Fay)という語形を経て、「フェイの魔法にかかった状態」を表す Fay-erie が Fairy になった、という流れです。
名前の由来に運命と魔法が重なっている以上、フェアリーは最初からただ愛らしいだけの存在ではありません。
人の運命に触れる、見えない力の気配を帯びた呼び名だったのです。

この語源は、原典の妖精がなぜ畏れと親しみの両方を集めたのかをよく示しています。
ゲームやアニメで親しんだ読者ほど、ここで少し戸惑うかもしれませんが、その違和感は自然です。
筆者自身、原典を読み始めた頃は「フェアリー=羽のある可愛い妖精」という先入観に引っ張られました。
けれど fatum に戻った瞬間、妖精はむしろ「運命を左右する怖い隣人」として腑に落ちました。

神でも人でもない中間的な存在

狭義のフェアリーは、イングランド・スコットランド・アイルランド・ウェールズに伝わる存在です。
ヨーロッパ全域の精霊を漠然と指す広い用法とは分けて考える必要があります。
地域を絞ると、単なる幻想的キャラクターではなく、特定の民間伝承のなかでどう振る舞う存在だったのかが見えてくるからです。
原典のフェアリーは、神でも人でもない中間的な存在で、神の使いとも語られました。

その性質はきわめて両義的です。
人に恵みをもたらすこともあれば、理由なく災いを招くこともある。
気まぐれで、しかも人間の道徳基準では測れません。
だからこそ、フェアリーは祝福の担い手であると同時に、境界を越えてしまった者への警告にもなりました。
異界の隣人という言い方が、もっともしっくりきます。

『羽のある可愛い妖精』は後世のイメージ

羽を持つ可憐な小人という像は、伝承本来の姿ではありません。
このイメージが広まったのは主にヴィクトリア朝(19世紀)以降で、創作的な妖精像が定着した結果です。
ここを最初に押さえておくと、後に出てくる種類や伝承を読むときも迷いません。
原典のフェアリーは、かわいらしさよりも、むしろ不可視の規範や禁忌に近い存在だったのです。

そのずれを意識して読むと、ポップカルチャーの妖精像も立体的に見えてきます。
あの親しみやすい姿は、原典の厚みを削った末に残った一面にすぎません。
だからこそ、羽のある小さな妖精を思い浮かべる読者ほど、いったん原点に立ち返ってみてください。
そうすると、フェアリーという言葉が持つ射程の広さが、少しずつ見えてくるでしょう。

フェアリーの起源|ケルトとトゥアハ・デ・ダナーン伝説

ケルト民族の神話世界では、妖精は羽を持つ小人としてではなく、土地・墓域・水辺に潜む異界の存在として理解されてきました。
その背景には、ハルシュタット文化(紀元前1200〜紀元前500年頃)を担ったケルト民族の世界観があり、古代ローマが彼らをガリア人と呼んだことも、この広域な文化圏の厚みを物語っています。
アイルランドとスコットランドに妖精信仰が強く残ったのは、こうした古層の観念が口承の中で長く保存されたからでしょう。

ケルト民族と妖精信仰の発祥

ケルト民族は、ハルシュタット文化(紀元前1200〜紀元前500年頃)を担った人々として位置づけられます。
彼らは古代ローマにガリア人とも呼ばれ、ヨーロッパ各地へ広がるなかで、自然物や境界に霊性を見いだす感覚を育てました。
妖精信仰の発祥をたどるとき、単なる空想ではなく、土地の記憶をどう言語化したかという問題が見えてきます。
アイルランドやスコットランドにその痕跡が濃いのは、征服と混交の波の中でも、この感覚が消えにくかったからです。

敗れた神族トゥアハ・デ・ダナーンの末裔説

アイルランド神話では、妖精は神族トゥアハ・デ・ダナーンの末裔とされます。
彼らは人間の祖ミレー族との戦いに敗れ、地下の塚(シー)や水底へ退き、姿を変えて妖精になったと語られました。
ここで重要なのは、妖精が最初から可愛らしい存在として語られるのではなく、敗者が別の相へ移行した存在として描かれる点です。
博物館でニューグレンジなどアイルランドの古墳写真資料を見たとき、塚が妖精界への入口とされた感覚には、地形そのものが神話化される切実さがあると実感しました。
原典を読み比べると、同じ妖精でも地域や写本で起源の語り口がずれます。
その揺らぎこそ、口承文化の面白さではないでしょうか。

堕天使説と『塚の民(アシー)』

妖精の起源には、トゥアハ・デ・ダナーン説とは別に堕天使説もあります。
天使になるほど善くもなく、悪魔になるほど悪くもない中間の存在として妖精を捉える考え方で、異界の住人を道徳で割り切れないものとして受け止める発想がにじみます。
アシー(Aos Sí)は「塚の民」を意味し、各地の塚や古墳が妖精界への入口と信じられました。
だからこそ、塚や妖精の木であるサンザシ等を荒らす行為は禁忌とされたのです。
場所を傷つけることが、そのまま異界との関係を壊す行為になる。
そう考えると、禁忌は迷信ではなく、土地と共存するための秩序だったとも読めます。

妖精の二大分類|群棲妖精と単独妖精・シーリーとアンシーリー宮廷

群棲妖精と単独妖精、そしてシーリー宮廷とアンシーリー宮廷を見比べると、妖精は「かわいい存在」ではなく、ふるまいの軸で整理すべき存在だとわかります。
イェイツとブリッグスの分類を並べると、種類名を暗記するより、集団か孤立か、家に結びつくか、善性か悪性かという見方のほうが見通しを与えてくれるのです。
ここではまずその地図を手に入れてから、個々の系統を読み分けていきましょう。

分類軸代表例性質人間への態度
群棲妖精群れで現れる妖精たち集団で歌い踊る比較的友好的
単独妖精個体で現れる妖精たち単独行動が多い害をなしやすい
家つき妖精ブラウニー家庭に住み家事を手伝う家に尽くすが、扱いを誤ると離れる
シーリー宮廷seelie幸福・温和親切には親切で返す
アンシーリー宮廷unseelie不幸・邪悪理由なく人を害する

イェイツの群棲妖精と単独妖精

W.B.イェイツは『ケルト幻想物語』で、妖精を群棲妖精(trooping fairies)と単独妖精(solitary fairies)に大別しました。
前者は集団で歌い踊る存在として描かれ、後者はひとりで動き、人に害を与えやすい。
ここで面白いのは、善悪を単純に分けるより先に、行動様式そのものを見ている点です。
複数の原典や研究書を突き合わせると、種類名を覚えるより軸で捉えるほうが一気に見通せる、という感覚がはっきりします。

群れで動く妖精は、共同体の秩序や祝祭性を帯びやすい。
逆に単独妖精は、境界や逸脱の気配をまといやすいのです。
読者がこの後の10種解説を読むときも、各種がどちらの側に寄るのかを意識すると、似たような名前に迷わずに済みます。
分類早見表を先に置く理由は、まさにそこにあります。

シーリー宮廷

シーリー宮廷の seelie は、スコットランド語で「幸福・温和」を意味します。
ここに属する妖精は、親切に親切で返す存在として語られますが、侮辱には厳しく報復する点が重要です。
人間から見れば善良に見える振る舞いでも、礼を失えばただちに関係が崩れる。
妖精の世界では、善意は無条件の寛容ではなく、応答のルールを伴うのです。

この記述に最初は戸惑うかもしれません。
ところが、妖精の善悪が人間の道徳とぴたり一致しないと考えると腑に落ちます。
親切には報い、侮辱には返すという対称性こそが、シーリー宮廷の核心でしょう。
人間にとっての「よい存在」と、妖精社会における「秩序ある存在」は同じではない。
そこが民俗伝承の面白さであり、読み解く価値です。

アンシーリー宮廷

アンシーリー宮廷の unseelie は、スコットランド語で「不幸・邪悪」を意味します。
こちらは理由なく人を害する側として対置され、シーリー宮廷の秩序だった応答性と鮮やかな対比をなします。
もっとも、単なる善悪二元論にしてしまうと伝承の手触りが失われるでしょう。
重要なのは、妖精が人間の倫理をそのままなぞる存在ではない、という点です。

アンシーリー宮廷を押さえると、妖精伝承全体の輪郭がはっきりします。
親切と報復を秩序として抱えるシーリーに対し、アンシーリーは境界の外側から害をもたらす。
両者を並べると、妖精は「親しい存在」と「危険な存在」の両方を引き受ける、きわめて両義的な存在だとわかります。
以後の各種解説も、この両義性を踏まえて読むと理解しやすくなるはずです。

代表的なフェアリー10種類|性質と特徴を比較

名前出身地域分類性質特徴人間との関係
ブラウニースコットランド家つき善性夜のあいだに家事を手伝うクリームの椀を供えるのが礼儀だが、衣服を贈ると去る
レプラコーンアイルランド単独両義片方の靴だけを作る靴屋金貨の壺を虹の根元に隠すとされる
バンシーアイルランド単独両義川辺で泣き叫ぶ女性の妖精声を聞くと身近に死者が出ると恐れられた
ピクシーイングランド南西部群棲両義人の手ほどの大きさで赤毛・尖った耳・緑の服旅人を道に迷わせる
ケルピースコットランド単独悪性川や湖に棲む黒馬背に乗せて水中へ引き込み、溺れさせる
セルキースコットランド・アイルランド両義両義アザラシが皮を脱いで人になる皮を隠されると人間界に留まる
パック(ロビン・グッドフェロー)イングランド単独両義いたずら好きの妖精旅人や人間の思惑をかき乱す
チェンジリングブリテン諸島両義悪性人の子に似せた取り替え子妖精に連れ去られた子とされ、家族を不安に陥れる
レッドキャップスコットランド国境地帯単独悪性人の血で帽子を染める凶悪な妖精人間にとってきわめて危険
シー(アシー)アイルランド群棲両義美と死をまたぐ妖精種人間世界に近づきつつも、根本では異界に属する

善性の家つき妖精から死と水の妖精、そしていたずら者や危険な妖精までを並べると、フェアリーの像は「かわいい」「怖い」の二分法では収まりません。
大切なのは、人間の生活圏にどれだけ近いか、そして近づいた瞬間にどんな代償が返ってくるかです。
筆者が性質順に並べ直したとき、その混在の正体は異界との距離感にあると腑に落ちました。

善性の家つき妖精

ブラウニーはスコットランドの家に結びつく善性の妖精で、夜のあいだに家事を手伝う存在です。
クリームの椀を供えるのが礼儀で、そこに含まれるのは単なるお礼ではありません。
家の秩序を乱さず、見えない働き手を労うという感覚そのものが重要だからです。
ただし衣服を贈ると去ってしまうため、厚意がそのまま引き留めになるわけではない。
ここに、家つき妖精との距離の取り方がよく表れています。

レプラコーンもまた、善悪が単純ではない単独妖精です。
アイルランドでは片方の靴だけを作る靴屋として語られ、金貨の壺を虹の根元に隠すともされます。
手仕事の巧みさと、富をひそかに抱える気配が同居しているのが面白いところでしょう。
家を守るブラウニーと違い、レプラコーンは土地の端や小さな隠し場所に気配を残す妖精で、同じ善性でも人間社会との関わり方はかなり異なります。
家の中で共存するか、境界で気配を見せるか。
そこが分かれ目です。

死と水に関わる妖精

バンシー、ケルピー、セルキーは、いずれも水辺や死の予兆に結びつきながら、役割が大きく異なります。
バンシーはアイルランドで、死の予兆として川辺で泣き叫ぶ女性の単独妖精です。
その声を聞くと身近に死者が出ると恐れられ、恐怖は姿そのものよりも音に宿る。
見える怪異ではなく、聞こえてしまう予告である点が、他の妖精と決定的に違います。

ケルピーはスコットランドの川や湖に棲む黒馬の水妖で、人を背に乗せたまま水中へ引き込みます。
バンシーが死を告げる存在なら、こちらは死へ直接連れ込む存在です。
セルキーはさらに性質が異なり、アザラシが皮を脱いで人になる妖精で、皮を隠されると人間界に留まります。
原典でこの話を読むと、妖精譚は怪異に見えて、実際には人間ドラマでもあると分かります。
皮を失えば帰れないという設定は、恋や拘束や喪失をそのまま映し出しているのです。
予兆、殺害、悲恋。
この振れ幅が、死と水の妖精群を一つの章にまとめる理由になります。

いたずら者と危険な妖精

ピクシー、パック、レッドキャップ、チェンジリングは、善性から凶悪までが連続する帯のように見ておくと理解しやすいでしょう。
ピクシーはイングランド南西部で、赤毛・尖った耳・緑の服をまとった小妖精として語られ、旅人を道に迷わせます。
危害というより攪乱に近く、迷子にさせることで異界の側に引き寄せる存在です。

パックことロビン・グッドフェローは、シェイクスピアにも登場するいたずら者で、悪意よりも混乱を生むタイプです。
そこからさらに暗くなると、レッドキャップが現れます。
人の血で帽子を染める凶悪な妖精で、人間にとってはほぼ脅威そのものです。
チェンジリングは次節で詳述しますが、取り替え子という不気味さゆえに、家庭の内部にまで異界が入り込む点で特別です。
筆者はこうした妖精を並べ直すたびに、「怖さ」は暴力の強さだけでなく、日常がどれだけ簡単に揺らぐかにも左右されるのだと感じます。
これはおすすめです。
妖精を一つずつ眺めるより、関係の距離で見てみてください。

チェンジリング伝承|取り替え子という妖精の影

チェンジリング伝承は、妖精が人間の赤子をさらい、代わりに自分たちの子を置いていくという、妖精譚のなかでもとりわけ生々しい主題です。
健康で美しい子ほど狙われるとされ、奪う理由には妖精界の血を強めるためといった説明も付されました。
原典を紐解くと、そこには怪異の面白さだけでなく、近代以前の人々が乳児の急変や説明のつかない病をどう受け止めていたかが透けて見えます。

取り替え子とは何か

チェンジリングとは、妖精が人間の赤子をさらい、その場に妖精の子を置いていくとされる存在です。
見た目は元の子とほとんど変わらないのに、どこか空気が違う。
健康で美しい子ほど狙われるという語りは、幸福の頂点にあるはずのものが急に奪われる不安を、そのまま物語化したものだと考えられます。
なぜさらうのかという問いには、妖精界の血を強めるため、あるいは人間界の力を取り込むためといった伝承上の動機が重ねられ、単なる悪戯では終わらない不穏さが与えられました。

チェンジリングを見分ける伝承

見分け方の伝承で語られるのは、外見の一致よりもふるまいの異様さです。
病弱であったり、年齢に不釣り合いな知恵を見せたり、あるいは異常な食欲を示したりすることで、元の子ではないと疑われました。
民間には、火のそばに置いて様子を見る、卵の殻で料理する真似をするなど、正体を暴くための方法も残されています。
こうした手口は残酷に見えますが、当時の人々にとっては、ただ怖がるだけでは対処できない異変に名前を与えるための、切実な実践でもあったのでしょう。

観点伝承上の特徴重要な含意
見た目元の子とほぼ同じ外見だけでは判断できない不安
ふるまい奇妙、病弱、異常な食欲日常のずれを怪異として読む視点
判別法火のそばに置く、卵の殻で料理する真似をする家庭内の知恵が民間の検証法になる

伝承が果たした社会的な役割

近代以前のチェンジリング伝承は、原因不明の病気や発達の違い、乳児の急変を説明する民間の枠組みとして機能した側面があります。
筆者が原典でこの譚を読んだとき、怪異譚としての面白さの裏に、当時の人々が抱えた不安が濃く滲んでいて、伝承を読む側の責任まで考えさせられました。
比較神話の視点で見ても、子のすり替えモチーフは他文化に現れ、人間共通の不安が神話を生むのだと感じさせます。
だからこそ、伝承を無批判に美化せず、社会的役割と影の部分をあわせて位置づける姿勢が要るのです。
妖精にとっての「取り替え」は災いでも、彼らの論理では筋が通っている。
その非対称性こそ、妖精伝承の核心だと言えるでしょう。

妖精への作法|鉄を嫌う理由とフェアリーリングの伝承

妖精への作法は、単なる迷信ではなく、異界と人間の境界をどう保つかという伝承の知恵として読めます。
なかでも冷たい鉄を避けるという話は有名で、ブリトン人は馬蹄を戸口に掲げて魔除けにしてきました。
なぜ鉄なのかをたどると、妖精を「危険だが身近な隣人」とみなす古い世界観が見えてきます。

なぜ妖精は鉄を嫌うのか

妖精が冷たい鉄を嫌うという伝承は、遭遇時の作法の中でも最も広く知られています。
戸口の馬蹄はその象徴で、家の内側に異界を入れないための実用品でした。
鉄は武器にも農具にもなる素材であり、境界を切り開く力を持つからこそ、異界の存在に対する護符として働いたのでしょう。

この鉄忌避には、先住民の記憶が妖精像に重なったという起源仮説があります。
鉄器を持たなかった先住民が、新来のケルト人の鉄器によって生活圏を追われ、その面影が「鉄を嫌う異界の住人」として語り継がれた、という文化史的な読み解きです。
妖精伝承は空想だけでできているのではなく、征服や移住の記憶を、物語のかたちで保存しているのです。

フェアリーリング(菌輪)の伝承

フェアリーリング(菌輪)は、キノコが地面に環状に生える現象です。
各地で妖精が輪になって踊った跡、あるいは異界への入口とされ、輪の内側に入ると妖精界に連れ去られる、踏み荒らすと祟られるといった禁忌が伝わりました。
フランス語で「魔女の輪」と呼ばれたのも、輪そのものに人知を超えた力を感じたからでしょう。

芝生の上にぽつりと現れる円は、見慣れた風景の中に突然、別の秩序が立ち上がる感じを与えます。
英国の田園で実際に菌輪を見たとき、科学的な正体を知っていてもなお「ここで妖精が踊ったのか」と想像が膨らんだことがあります。
理屈で説明できるからこそ、伝承の比喩が生きる。
そう感じさせる景色でした。

伝説と科学が出会う場所

フェアリーリングの正体は、地中で広がる菌糸ネットワークです。
菌糸は中心から年6〜18インチ(約15〜45cm)外へ伸び、長いものでは数百年かけて直径数メートルに達します。
フランス・ベルフォール近郊のリングは半径約300m・推定樹齢700年超で最大級とされ、代表的なキノコは食用のシバフタケ(Marasmius oreades/和名スコッチボンネット系)、傘は1〜5cmです。
古い農家の戸口に掲げられた馬蹄を見たときも、同じ感覚がありました。
鉄忌避は過去の話ではなく、暮らしの細部にまだ息づいています。

ただ、ここで科学が伝承を消してしまうわけではありません。
むしろ逆で、菌輪が何十年、何百年と少しずつ広がると知ると、妖精の輪という比喩は妙にしっくりきます。
地中の菌糸が見えないまま広がり、ある日ふいに地上へ円を描く。
その姿を「異界への入口」や「踊りの痕跡」と読んだ昔の人の感性は、案外まっすぐだったのではないでしょうか。

現代に生きるフェアリー|文学・ポップカルチャーへの影響

シェイクスピアの『真夏の夜の夢』は、妖精を恐怖の影から舞台上の生きた存在へと押し出した作品として、現代まで続く妖精像の出発点に置けます。
第2幕で語られるフェアリーリング、妖精王オベロン、女王ティターニア、いたずら者パックは、当時の民間伝承をそのまま写すのではなく、観客が魅了される物語へ組み替えられているのです。
筆者が原語で読んだとき、そこに伝承と文学の往還が見えて、妖精は「信じる対象」である前に「語り継がれるかたち」でもあるのだと実感しました。

シェイクスピアと妖精文学

『真夏の夜の夢』の面白さは、妖精を単なる装飾にせず、恋の錯綜や森の気配と結びつけた点にあります。
第2幕のフェアリーリングは、自然の輪郭そのものが異界へつながる入口として機能し、オベロンとティターニアの対立は、妖精を「人間とは別の秩序を持つ存在」として印象づけました。
ここで重要なのは、妖精がもはや怪異の記号だけではなく、魅惑と気まぐれを帯びた文学的な存在へ変わったことです。

この転換が後世に与えた影響は小さくありません。
民俗に残る妖精は、地域ごとに危険でもあり祝福でもありましたが、シェイクスピアはその多面性を舞台芸術の強度へ変換したわけです。
原典をたどる読者なら、FGOやポケモンの妖精っぽい表現に触れたときも、まずは『真夏の夜の夢』のような古典へ遡ってみてください。
入口がポップカルチャーでも、古典へ進む道は十分におすすめです。

ヴィクトリア朝の妖精ブームとコティングリー事件

19世紀のヴィクトリア朝には、妖精画と妖精文学が大流行し、可憐な羽の妖精像が広く定着しました。
ここで決定づけられたのが、冒頭で触れた「像のずれ」です。
原典のフェアリーは気まぐれで危うい存在でしたが、産業化が進む社会では、失われつつある自然への郷愁を受け止める小さな存在として再解釈されたのです。
フラワーフェアリーのような柔らかなイメージは、その時代感覚をよく映しています。

1917年のコティングリー妖精事件は、その「信じたい」という欲望を象徴する出来事でした。
少女が撮った妖精写真は本物と受け取られ、シャーロック・ホームズの生みの親コナン・ドイルまで擁護に回りましたが、のちに少女自身が作り物だと認めています。
事実の重みよりも、見たいものを見たいという気持ちが先に立つ。
その心理が、妖精をめぐる近代の読解を今も揺らしているのです。

ゲーム・アニメに受け継がれる妖精像

現代のゲーム・アニメ・ファンタジー小説では、妖精像はひとつに固定されていません。
可愛い羽の妖精は親しみやすい案内役として生き続けるし、原典のフェアリーに近い、危険で気まぐれな存在も物語を引き締める役割を担っています。
どちらも切り捨てられたのではなく、異なる文脈で同時に残っているところに、この存在の強さがあります。

だからこそ、現代作品の妖精に惹かれたなら、原典へ戻る楽しみも大きいでしょう。
シェイクスピア、ヴィクトリア朝、コティングリー妖精事件を順にたどると、妖精が「信仰」「娯楽」「郷愁」「創作」のあいだを移動してきたことが見えてきます。
原典を知れば、ゲームやアニメの元ネタが立体的に立ち上がる。
そんな読み方もおすすめです。

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柊 瑛太

西洋古典学を専攻し、ギリシャ・北欧・ケルト神話の原典講読を続ける神話研究家。比較神話学の視点で神話間の共通構造を分析する記事を得意とします。

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